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NPO法人起業家ホットライン 代表理事
佐藤 信之(さとう のぶゆき)

1960年 岡山県生まれ。 岡山大学法文学部法学科卒。空手二段。

極真空手を学ぶ傍ら、大学の空手道部に在籍。伝統空手を学ぶ。
現役時代には、中四国空手道大会優勝、西日本大会ベスト8など数々のタイトルを獲得。
旧制第六高等学校からの伝統ある国立Ⅰ期校生であるにもかかわらず、当時全盛であった暴走族から一般学生を守るため、数々の抗争を繰り広げ、その名を轟かす。

大学卒業後、現在の三井住友銀行に入行するが、立食パーティーの席上で東大卒業生だけが別格扱いされていることに納得できず、他の銀行に就職した熱血漢。
銀行入行後、得意先係1年目にして営業トップの成績を修める。その後も役員賞等数々の実績を上げ、中四国地区ベストバンカーの1人に選出される。

10年間銀行員として勤めるが、中小企業の本質を見極めるためにはもっと底辺の実情を知る必要があるとの思いから退職。東京の金融会社に転職する。
4年間の在職中、数々の修羅場を経験するが、そこで会社を再生するため必死で頑張る経営者の実態を知ることとなる。

その後、1994年独立。
決算書の記帳代行業務を行うかたわら、銀行員時代からの経験を生かし、中小企業の再生業務に取り組み、15年間で1000社以上の赤字会社の再建を手掛け、再生に成功する。
ターンアラウンドのスペシャリストとして活動すると同時に、数十社の代表取締役・監査役も兼務。再生の指揮だけでなく、自らも経営者として、現場の最前線で手腕をふるい、起業3年目にして月収2000万円を達成。

そこで得たノウハウを若い起業家に提供・支援するため、2005年、NPO法人起業家ホットラインを設立。後進の指導にあたる。

また、同氏が運営する経営者コミュニティは8000名以上のメンバーが集い、無料相談や勉強会、セミナーなどを定期的に実施している。
企業研修の依頼も多く、NPO法人に協力する各界のスペシャリスト達とともに、講師として幅広い支援を行っている。

得意分野は、企業再生、管理会計、資金調達、資金繰り、増収増益の指導。



大学時代(前から3人目)


銀行員時代







NPO法人起業家ホットライン 副理事
小林 昭男(こばやし あきお)

千葉県生まれ。 国士舘大学法学部法律学科卒。空手4段。柔道2段。

39歳になった現在でも引退を口にせず、「武道家に引退なし」を公言する格闘家。
主な戦歴として、士道館全日本大会優勝3回、準優勝3回、空手世界大会準優勝、
極真全日本ウエイト制ベスト8。MAキック第4代へビー級チャンピオン。
プロレスラーとしてZERO-ONE、武輝道場に参戦と、戦歴を挙げたらきりが無い程の現役ファイターである。

千葉県に生まれるが3歳で栃木県に移り住み、幼少から青春期を栃木県足利市で過ごす。
栃木県立足利南高校時代までは、野球、柔道、喧嘩、女、暴走行為に明け暮れるが、
「男は強くなければ生きられない、でもやさしくなければ生きる資格が無い」を教訓とし、弱い者イジメは一切せず、自分なりの“最強の男”を目指し、中学3年の冬に全国ケンカ旅に出ることを決意。
野宿をしながら栃木を皮切りに、群馬、埼玉、東京、神奈川、静岡、山梨、長野とケンカの旅を続けるが、岐阜で小遣いが尽き、親から捜索願いが出ているのを知り、栃木に戻り、校長、警察から大目玉を食う。
高校2年の時には他校の先輩相手に100対1の大喧嘩を繰り広げ、最後は袋叩きに遭うも、後日、再度1人で乗り込み、主だった者数十人に土下座をさせ、その名前を近県に轟かすこととなる。

大学卒業時の就職活動は、ヤクザの組事務所を8件。
ここに決めようと思った組織の親分に「お前はヤクザ向きじゃない。卒業してもまだ入りたいなら改めて出直して来い!」と言われ、自分の中途半端さを思い知ると同時に、大学を留年。
留年を期に、自分の精神を鍛えなおす為、当時の極真空手池袋本部の門を叩く。
その後、士道館に移籍し、数々の激闘のリングに上がることとなる。

そんな空手中心の生活を送りながらも、これまで、現在の三菱東京UFJ不動産販売、AIGエジソン生命保険に入社。
共に一年目には、全国10位以内となる優秀新人賞を獲得し、その後の在職期間中にも、
常に、取扱高・顧客獲得件数の年間成績上位者として、数々の表彰を受ける。
現在は、その類まれな営業センスと何事にもくじけぬ不屈の闘志を見込まれ、某上場企業の社員としてビジネスマンとして活躍中。

それと共に仕事後は、MAキック連盟会長、村上塾師範代として後進の指導にあたり、
文武両道を地で行く人生を爆進中。



高校時代(中央)







NPO法人起業家ホットライン 理事
森田 健(もりた けん)

1959年生まれ。 拓殖大学商学部経営学科卒。

大学卒業後、不動産会社に勤務。
その後、外資系金融機関を経て、2001年5月株式会社JSB設立、代表取締役となる。

日本に100社程度しか存在しないサービサー会社に、事業部長として出向しながら、企業再生業務に取り組む一方で、本業である資産の流動化による債務の圧縮、企業再生ファンドの設立、DDS・DES・シンジケートローン等の導入について金融機関とのタフな交渉を行う。
規模の大小を問わず、再生支援を必要とする企業のため、全国を飛び回る毎日を送っている。

学生時代は、海外移住研究会に所属。世界への勇飛を志す熱き想いを、若い起業家の育成に注ぐ人情家でもある。
企業再生の実務家として、当NPO法人を裏から支えてくれる財務改善のプロ中のプロ。

※サービサーとは
サービサー法に基づき、法務大臣の許可を得て設立される、債権の管理回収会社。
2006年12月末現在で全国に104社存在する。
金融機関の不良債権を安価で買い取り、一部を債権放棄することにより企業価値を高め、金融機関との取引を継続したままの再建を主業務とする。







NPO法人起業家ホットライン 監事
玉尾 宜之(たまお よしゆき)

1960年 岡山県生まれ。

高校時代は、テニス部で活躍。県大会3位となり中国大会まで出場した実力者。
1982年 コンピュータの専門学校卒業後、現三菱化学(株)の情報システム部に入社。
1995年 三菱化成と三菱油化の合併に伴い、新たに組織された労働組合に参画。
1,000名以上の組合員を束ね、副組合長として活躍する。

仕事以外でも、PTAの関係で卓球のクラブチームを結成。
休日は卓球の練習に汗を流し、区の大会で二度優勝。
公私とも、充実した日々を送っている。









荻野 卓也(おぎの たくや)

米国公認会計士
1975年、兵庫県生まれ。 同志社大学卒。

■大学卒業後、日本とアメリカの会計事務所で6年の勤務経験を経て、
友人と広告代理店を設立。
初年度に、利益が出ていながらも資金繰りに苦しむ、いわゆる「黒字倒産」の危機に陥り、
今までの会計事務所での経験が、会社経営に全く役立たないことを痛感する。
2005年、この経験を元に、税理士や会計士には実感として分かりづらい資金繰り重視の会計サービスを提供するため、独立。

■独立後まもなく、佐藤代表に師事し、実際の経営に会計知識をどのように応用するかの実践ノウハウを叩き込まれる日々を過ごす。
厳しい修行を一つ一つクリアしていく中で、プロとしての経営のやり方を徐々にマスター。
努力の甲斐あって、氏のクライアント先の上場のための財務管理、資金繰り、経営指導を取り仕切る。
資金繰りのアドバイスはもとより、銀行とのリスケ交渉や、経営改善計画書、資金繰り表、事業計画書等の作成までをも行う。

当NPO法人では、会社の資金繰りに関する指導を担当。
経営者側に立った、親切かつ分かりやすい指導には定評があり、クライアントからの信頼は絶大。
全国の資金繰りに悩む経営者のため、日々忙しい毎日を送っている。







高橋 久雄(たかはし ひさお)

1961年、神奈川県生まれ。 青山学院大学 経済学部卒。

世界最大の外資系生保会社アリコジャパンにて、2年連続日本一のユニットチームを作り上げたセールスマネージャーのプロ。

■高校・大学の学生時代は、食品販売、紳士服販売等、各種のセールスアルバイトに従事。

■1985年大学卒業後、当時の2大音楽プロモーター会社であるキョードー東京に入社。

■その後、寿司道へと転職。
中小企業診断士の勉強をしながら寿司店独立経営を目指す鮨職人となる。
7年の在職中、全国寿司大会の巻き物部門で準優勝。

■1992年30歳で、外資系生保企業アリコジャパンに営業職として転職。
入社4年目で、5,000人の営業マンの中でトップMVPを獲得。

■7年後、営業管理職(セールスマネージャー)となり、ゼロから人材を発掘、育成。
2年後には、全国No.1ユニットチームに育て上げる。
翌年も、連続して日本一を獲得。

■その後、コンサルティング営業専門職として、メディカル(医療ガン入院系)を中心に個人顧客開拓に従事。
2005年、メディカルコンテスト部門全国第2位となる。 2006年2月、独立制度廃止に伴い、社内生損保代理店の代表として今日に至る。

当NPO法人では、営業マンの管理方法と営業ノウハウを担当。
経営における攻撃面の核となる「営業」のプロとして、最強のユニットチームを育て上げるための管理エッセンスを指導する。







高橋 寛(たかはし かん)

MBA(経営学修士)取得者
1961年、大阪府生まれ。 慶応義塾大学 法学部政治学科卒。

■大学卒業後、日立製作所において、エネルギー関連の営業業務に従事。
入社直後から年間100億円規模の契約を任されるが、「個人芸」であった営業業務を何とか科学的に体系化したいという強い想いから1996年に渡米。
サンダーバード経営大学院にてMBA(経営学修士)を取得。

■帰国後はアジア地域担当となり、金融工学やプロジェクト投資評価などを駆使し、ビッグプロジェクトを遂行するも、担当としての成長の限界を感じ、新たなフィールドへのチャレンジを決意。
2000年に外資系戦略コンサルファーム「アーサー・D.リトル」へ転職。
39歳という異例の遅いスタートであったにもかかわらず、ゼロからコンサルスキルを習得、20数社の経営課題に取り組む。

■その後、2社のコンサル会社ユニット代表を経て、現在は、株式会社アタックスビジネスコンサルティング エグゼクティブ・ヴァイス・プレジデントとして活躍中。

当NPO法人では、マーケティングと新規事業開発を担当。
理論に裏打ちされた斬新かつ効果的な経営手法と、事業開始時の戦略的思考には定評があり、多くの起業家から指示されている。
「知は、情の上に成り立ってこそ」をモットーに、先端かつ情緒的な経営手法を追求する毎日を送っている。
一方で、web2.0の潮流をホワイトカラーの生産性効率に生かすことにも関心を持っており、pod-castingでビジネス書を紹介するサイトの開発にも参画。
http://www.netvoice.jp

■主な寄稿
・製造業再生の鍵(金融財政事情)
・儲かるためのネットモデル設計(ITメディア)
・リーダーシップ2.0(CTCユーザー会)
・web2.0への道(インプレスR&D)







大関 浩伸(おおぜき ひろのぶ)

株式会社フォートラスト 代表取締役
http://www.fourtrust.co.jp

1968年、埼玉県生まれ。 青山学院大学 経営学部卒。

■平成3年、国内損害保険会社に代理店担当社員として入社、主に開拓・管理業務を遂行。
平成10年、外資系生命保険会社に営業外務社員として、個人市場中心に活躍。
在籍2年6ヵ月の間に、紹介連鎖により、週間3件以上の成約を、122週連続で達成する。保有件数も550件を超過。
個人保険のみの初年度手数料累計は、4,000万円を超え、当時の支社記録を全て塗り替える。
平成13年、生損保総合代理店に入社、法人市場を中心とした営業活動を行う。
顧客ゼロからの厳しいスタートを切るが、法人向けの知識・スキルを会得しながら、市場を構築。都内を中心に、2年間で約40社の成約を達成。

■平成15年、(株)フォートラストを設立し、独立。コンサルティングを中心とした活動を行う。
保険の付保分析・改善提案だけでなく、企業の退職金コンサルティング、相続対策という難解な分野にも精通。
平成17年より、その卓越したスキルをCDゼミナールとして公開し、外部の営業マン育成にも着手。
平成18年度、COT会員。

■損保VS生保、日本社VS外資系、募集人VSマネージャー 、直販社員VS代理店、専属VS乗合、個人市場特化VS法人市場特化、社員VS経営者、という7つの対、14のカテゴリーを全て経験。
現在、「数少ないオールラウンドプレーイングマネージャー」として奔走中。

■また、アイブライト社から販売されているCD・DVDゼミナールは、全国から多くの反響を得ている。

当NPO法人では、法人向けの保険を使った節税対策を担当。
各企業に最適な商品の導入と、退職金、相続までをもカバーする知識を生かして、起業家の頼りになるアドバイザーとして絶大な支持を受けている。







宗 初末(そう はつすえ)

SOKEN 宗初末研究室 代表
東京国際大学エクステンションセンター 講師
1947年佐賀県生まれ。 東京経済大学大学院 経営学研究科卒。

■大学卒業後、広告会社・新聞社・研究所など10の組織に勤務し、元祖フリーターとも呼ばれている。
1978年、産業教育・企業診断・コンサルティングを主業務とする株式会社ジェックに入社。
上場企業400社を含む計2万社以上の人材教育に携わり、その受講者数は130万人を上回る。
営業担当として10年間で11億円、20年間で21億6千万円、28年間で31億円という産業教育界では驚異的な業績をあげる。
また、独自に、「SSC行動力を強化する自己改革コース」を企画開発。
全国の優良企業 数千社で取り上げられ、推定20万人の受講者から絶賛。第1回ジェック訓練コース開発最優秀賞を受賞。

■1998年 永年勤続表彰。同時に現代産業界で活躍中の人物に選ばれ、「新訂 現代日本人名録98」(紀伊国屋書店)に掲載される。

■ドラッカー学会関東支部推進委員でもあり、数々の著書、エッセイ、雑誌記事を著わし、大学・ビジネスアカデミーなどでの講演等、多忙な日々を送っている。

特に、営業マンの人材育成には高い評価を得ており、精神、技術の両面で高レベルの営業部隊育成の才には一日の長がある。

「仕事の楽しさ、勇気と自信を売りまくる世界一のセールスメンター」として、当NPO法人では人材育成を担当。
独自のプログラムにより、一騎当千のセールスマンを育成し、業界最強のセールス部隊を作るため尽力してくれる、頼もしい指導者である。







近藤 直樹(こんどう なおき)

Be@work(ビーアットワーク)代表 コーチング講師
http://www.be-at-work.com

1969年、東京生まれ。 早稲田大学 第二文学部英文学専修卒

■大学卒業後、創業100年の老舗古書店に就職。
そこでホームページの制作・管理を担当するが、より深く人と関わり合いたいとの想いから、IT企業に転職。
技術職・営業職を歴任するかたわら、「自分の市場価値を高めたい」と悩んでいる人達のための特効薬として、コーチングの技術を身に付けることを決意。
延べ10万人にコーチングを伝えてきた岸先生に師事し、各種コーチングやリーダーシップのトレーニングに参加する。

■2003年、「誰もが持っている潜在能力を引き出す」ためのコーチングを提供することを目的として、Be@work(ビーアットワーク)を設立。
全国的なコーチング講座の東京校の責任者も勤め、これまでに、上場企業や中小企業の経営者・営業マンを対象に、延べ1000人以上のコーチを行う。
「結果に結びつかないコーチングでは何の意味もない」をモットーに、実践的かつ分かりやすいコーチングを提供し、参加者の会社の売上を40~100%アップさせるなど、目に見える形での実績を上げている。

■これまで常識とされた、「成功するためには自分を変えなければならない」という考え方に対し、「過去の自分はそのままに、新しい自分を発見する」という手法を生み出し、「これまでの自分を否定することなく、ごく自然に生まれ変わる」ことが可能なシステムを開発する。
セミナーも、参加者との対話から徐々にその人の核心部分にふれていくスタイルを採っているため、理論中心の退屈な研修ではなく、参加者自身がとことんまで考える体験型の研修を提供している。
そのため、参加者からは好評を博しているが、少人数制とならざるを得ないため、受講待ちという状況もある人気講師。

■こうした、これまでのコーチング研修とは全く異なる形態を採るのには、彼自身の転職活動が大きく影響している。
「過去にこれといった業績や経歴がない人間は、どうやって自分を相手に認めさせれば良いのか?」
これまでの転職活動で想い、悩んだ結果辿り着いた独自のコーチング技術を駆使し、「過去の自分と同じ悩みを持つビジネスマンを一人でも多く助けたい」との熱い想いを胸に、忙しい日々を奔走中。

「心の鎖を断ち切れば、人は誰でも変わることが出来る」
この真実を、一人でも多くの人に体験してもらうため、全国を駆け巡る毎日を送っている。

■著書:
「コーチング力が身につくトレーニングノート」(04年7月,総合法令社刊 共著)
「7 デイズ・コーチング」(05年12月,エクスナレッジ社刊)
「BeWith―自分の市場価値を20倍高める技術」(06年9月,九天社)
「恋愛コーチング」(06年11月 総合法令社刊行 共著)
など、幅広い分野にわたり、コーチングの応用例を文字として展開している。

■講演・研修実績
本田技研労組講座・(株)日本商工経済研究所主催講座・転職支援会社キャリアコンサルタント向けコーチング研修・埼玉県倫理法人会研修・製麺業者経営者研修(桶川)・クリーニング業者経営者向け研修(大宮)・農林水産省農林水産研修所研修・茨城県日立市教頭会研修・千葉山武郡保健師対象研修・短期大学での学生対象講座・高等学校での生徒対象の講演・専門学校学生対象就職力向上講座 他多数
(敬称略・順不同)







佐藤 栄作(さとう えいさく)

行政書士
有限会社 行政管理サポート 取締役社長

1968年、東京都生まれ。 成城大学経済学部卒。

■大学卒業後、建設機械メーカーに就職。総務、人事、経理を担当。
会社設立業務に携わる。
平成14年、行政書士試験合格を機に、日本最大級の行政書士事務所であるオータ事務所に転職。
建設業を中心とする、許認可業務のノウハウを習得する。
その後、某会社設立コンサルタント会社に転職。
そこで、会社設立の裏表、各種設立手続きノウハウを取得。

■平成17年、行政書士事務所を開業。
起業家の立場に立った会社設立から、許認可取得までを一貫してサポートする。
真面目で気さくな人柄から、起業家にはアニキとして慕われ、関東エリアの法務局を駆け巡る毎日を送っている。
佐藤代表とは、起業前からの間柄。「この人に付いていけば何とかなる」という直感から師事するが、起業当初の温かい指導に感激する。

当NPO法人では、法人設立を担当。
業界最安値ともいえる破格値に加え、単なる会社設立手続きだけでなく、その後の会社経営に最適な業態をも加味した設立をアドバイス。
起業家にとって、設立後に不安の無い状態での会社設立手続きを指導してくれる。

■休日は、8歳になる娘を相手に、良きパパとして奮闘中。 結婚10周年ということで、かみさんからスイートテンダイヤモンドの購入を匂わされているが、そんな余裕はないため、無視中。







竹内 一信(たけうち かずのぶ)

ファイナンシャル・プランナー(CFP認定者・日本FP協会認定講師)
株式会社エフピーワンコンサルティング 代表取締役
http://www.fp-one.co.jp

1971年生まれ。 明治大学 法学部卒。

■大学卒業後、朝日信用金庫に入庫。
入庫5年目にして、朝日信用金庫純新規セールスコンクール法人部門優勝。

■その後、アイエヌジー生命保険株式会社を経て、平成14年3月、有限会社エフピー・ワン・コンサルティングを設立。代表取締役に就任する。
平成16年4月、株式会社に組織変更。

■生損保代理店業務で税理士事務所と連携して仕事をしていく中で、信用金庫時代に培った経験を生かすことができるのではないかと、これから起業する人、起業したての会社応援サイト「れいさいネット(R)」を立ち上げる。(http://www.reisai.net
顧問税理士を探す起業家や経営者に、最適な税理士事務所を無料で紹介。
他にも、助成金のコンサルティング業務や、資金調達業務、保険コンサルティング業務を手がける。

■趣味 :ゴルフ・酒(基本的にビール党)・食べること
     週に1~2回のスポーツクラブでのトレーニング
     娘(2歳6ヶ月)と戯れること







齋藤 真澄(さいとう ますみ)

社会保険労務士
1973年、仙台市生まれ。 日本女子大学卒。

■社会保険労務士事務所勤務を経て平成14年4月開業。
社会保険労務士事務所勤務時代より、起業に関する助成金の提案、申請代行を中心に業務を行う。
また、助成金申請に加えて、就業規則、労務管理のアドバイスについてもわかりやすく、運用しやすい実践的な提案を行っている。

当NPO法人では、助成金のアドバイスと申請書類作成を担当。
100種類以上にわたる助成金の中から、各企業に最適な助成金を選別。受領までの手続きをすべて行う。

■趣味は、アカペラバンドで、数多くのイベントやライブに出演している。







伊藤 琢視(いとう たくみ)

1970年、埼玉県生まれ。  芝浦工業大学 工業経営学科卒。

■大学卒業後、野村システムサービス株式会社(現・株式会社野村総合研究所) 入社。

■その後、マーケティングリサーチ企業、ポータルサイト運営企業における業務経験を経て、法人向けレンタルサーバ事業を主体とする株式会社アライブネットを創立。取締役に就任。
2001年、株式会社アライブネットの、レンタルサーバ事業のシステム開発・管理部門を株式会社アットサーバーとして組織変更。同社を株式会社アライブネットの子会社とする。

■2002年、株式会社アットサーバーを、株式会社オン・ザ・エッヂ(現・株式会社ライブドア)に事業売却。

■2004年、ネットコンサルティング事業を主体とする、ライブスケープ有限会社を設立。
代表取締役となる。

単なるホームページ・ビジネスブログの制作にとどまらず、マーケティングを主体とした顧客獲得や売上増加のためのウェブサイト作成のノウハウを蓄積。
起業家から絶大な支持を受けている。

■NPO法人起業家ホットラインのホームぺージ制作を担当。
膨大な量に及ぶ原稿を前に、夜も眠れない作業の日々を送るが、佐藤代表の「協力してくれる人間はすべて戦友だ!」の言葉に励まされ、不眠不休の毎日を乗り切る。
同じ魂を持つ同志として、NPO活動をサポートする。

当NPO法人では、起業家のホームページ制作を担当。
単なる制作にとどまらず、「売れるためのサイト」づくりのため、アクセス解析、SEO対策、効果的な販促手法を駆使し、起業家からの支持は絶大。
忙しい毎日を送っている。







山下 豊一郎(やました ふたろう)

1970年生まれ。 愛媛大学大学院 理学部数学科卒。

■大学卒業後、NTTに就職。
検索エンジンgooなどマルチメディア関連の開発に携わる。
現場の開発から開発管理、設計などの上流工程までを経験する。

■2001年12月、NTTを退職後、株式会社DoEvery Corp., Ltd.を設立。代表取締役となる。
独立後、コンサルティングファームである株式会社ODSにて開発室長を務め、ODSが所有していたデータベースを基に、個人の価値観をセグメントするアプリケーションを開発。
また、株式会社ECナビにおいて、現在のECナビの基本設計を行い、その根幹を作成。

■これまでの、Web技術の経験や技術力を活かし、ベンチャーのスタートアップ時に技術的支援を行い、事業成功の暁にそれに見合う対価をもらう、「技術エンジェル」という新しいビジネスモデルを構築。
将来性のあるアイデアを持つ若き起業家のため、多額の費用を必要とするシステム構築を、採算を度外視した価格で支援するWeb開発のプロ。

起業家が想い描く夢の実現の橋渡しとして、その高い技術力を提供、技術エンジェルという新しい考え方を提唱しつつ、資金力の無い起業家のため、共に夢を追いかけてくれる熱血漢。

当NPO法人では、卓越したアイデアがありながら、資金不足のためシステム構築をあきらめざるを得ない起業家をサポート。
破格値での支援と成功報酬という形で、彼らの夢を実現することに尽力する。

■【主要取引先】
・株式会社ストラップヤNEXT
・株式会社スカイアークシステム
・株式会社サードエイジスタイル
・株式会社ネクストエイジ

■【主な開発実績】
★イントラ Blog パッケージ http://www.skyarc.co.jp/enterprise/
★サードエイジスタイル http://www.thirdagestyle.com/index.ihtml







高木 誠(たかぎ まこと)

エリアネットワーク株式会社 代表取締役
http://fussa.tv

1976年、東京都生まれ。 日本大学芸術学部 映画学科卒。

■大学卒業後、CM製作会社を経て、CM・PV製作、映画助監督等、フリーランスとして映像に関する様々な現場に携わる。 平成17年、映像製作会社、株式会社インターフェイスを設立。
平成18年、エリアネットワーク株式会社を設立。代表取締役となる。

■現在は、ネット上での映像配信を利用した様々な企業プロモーション、社員教育などに関するシステム提案を主業務とするかたわら、動画コンテンツをメインとした地域ポータルサイトを運営。
商品サービスを映像化することにより、売上げアップに多大な成果をあげている。

■NPO法人起業家ホットラインの動画撮影に協力。レンズを通して、佐藤代表の圧倒的な迫力を肌で感じることとなる。
そうした代表の持つ人間力に触れ、起業家のサポートを志願。
「意志力や信念といった魂に関わるものは、人の背中から直接学び取るしかない」という代表の言葉を胸に、自らも日々研鑽しながら、起業家の支援にも協力する情熱の人。

当NPO法人では、サイト内の動画制作を担当。
動画のプロとして、今後主流となるブロードバンドに対応したホームページの制作を支援する。







高嶋 朗(たかしま あきら)

公認会計士、税理士

1958年、新潟県生まれ。 中央大学商学部卒。

■1980年10月 中央大学在学中(4年)に公認会計士試験に合格。

小さい頃から、父に、「男は、手に職を持たなくちゃいけない!どうせなら、最難関の国家試験を目指せ!公認会計士を目指せ!」と“洗脳”され続けてきました。しかも、「大学在学中にとってくれたら、自慢の息子になる!」と、とんでもなく高い目標をつきつけてきました。
父は、うだつが上がらないことや貧乏だったことを歯がゆく思い、自分のようになるなという戒めを込めて、言い続けてくれたのでした。

大学在学中に公認会計士に合格することを、高校2年生の時に決意しました。そして、6年計画を立て、商業高校という不利な環境から、なんとか、大学在学中に公認会計士に合格できました。

■1981年4月 監査法人太田哲三事務所(現新日本監査法人)に入所。

監査法人では、売上高1兆円前後の上場企業を中心に、決算書(財務諸表)が正しいかどうかを証明する仕事(会計監査)に5年間携わりました。

■1986年10月 監査法人を辞め、研修、コンサルティングを開始。

監査法人時代、周りの先輩たちは、三十代半ばで持ち家を持ち、四十代半ばでボーナスの入った封筒が立ち、五十代で年収が2~3千万円という道を進んでいました。
待遇面では、“約束された将来”が待っていましたが、仕事の面では、どうしても、株主、投資家、銀行、会社に貢献しているという実感を感じられませんでした。むしろ、このまま行ったら、本当の幸せを掴めないんじゃないかとさえ思いました。

今思えば、青臭い考えでしたが、いろいろ悩んだあげく、“約束された将来”を捨て、監査法人をスパッと辞めました。そして、コンサルタントとして、会社に直接貢献できる道を選びました。

■1992年7月 税理士事務所を開業し、現在に至る。

それまで携わってきたコンサルティング業務は、FCに加盟し、本部から指導を受けてやってきました。ところが、FC本部が悪いわけではないのですが、いくら工夫しても、料金が高い割には効果がないことに限界を感じ、コンサルティング業務から撤退しました。
そして、たどり着いたのが、税理士業務でした。今は、経営者の方々からご相談を受け、直接、会社に貢献できる喜びを感じます。税理士の仕事はやり甲斐を感じますし、天職とさえ思えます。

■著 書 「バランスシートここまで読めれば合格点」(第一企画出版)







小松 祐介(こまつ ゆうすけ)

税理士

1997年から4年間、公認会計士大浦会計事務所にて勤務。
2000年2月、アルファグループ株式会社にて公開準備に携わる。
2001年7月、小松会計事務所(現アークス総合会計事務所)設立。現在に至る。







据石 英樹(すえいし ひでき)

税理士

1998年 早稲田大学社会科学部卒業。
1999年 大原簿記学校税理士課に所属し、専任講師として教壇に立つ。
(2004年以降は非常勤講師として携わる。)
2004年 現アークス総合会計事務所に入所し、現在に至る。







大久保 雅史(おおくぼ まさふみ)

2001年 立教大学文学部卒業。
2002年 現アークス総合会計事務所入所。
2005年 経理アウトソーシングを行う、KTAX株式会社の代表取締役に就任。
主に、起業者へ税務会計・経営の面での支援を手がける。







渡邊 真介(わたなべ しんすけ)

1981年、静岡県生まれ。 静岡文化芸術大学卒。

■大学卒業後、地元静岡にて「デザインを身近に」をテーマに「Creative.RaD」の名で個人制作を中心に活動開始。
企業やNPO法人のロゴマーク、広告の制作、その他各種イラスト制作等を手がけ、現在に至る。

当NPO法人では、会社のロゴマーク制作と名刺の制作を担当。
ロゴマークはもとより、似顔絵、名刺のデザインに至るまでトータルでサポート。
起業家の会社の独自性をアピールすべく、持てる才能を十二分に発揮している。

■「Creative.RaD」はデザインをもっと身近に感じて欲しいという願いから、活動を開始しました。
それは単に値段の問題ではなく、いかに制作とクライアントの距離を短くできるかという試みです。
分かりやすく、かつプロフェッショナルな広告制作を心掛け、その上で、コミュニケーションを大切に、クライアントの方と共同して歩んでいけたらと思っています。
現在は、自らも地元でNPO法人に所属し、活動の幅を広げています。
人と人との繋がりを大切に、デザインを行っていきたいと思っています。







松原 啓一郎(まつばら けいいちろう)

株式会社パインツリーネットワークス 代表取締役
http://www.crescent-future.com

1957年、静岡県生まれ。 県立静岡商業高校卒。

■高校卒業後、静岡の民間企業に入社。
プログラマーとしての日々を送るが、3年後、独立。
東京で、個人事業主としてソフトの開発の仕事に携わる。
1985年、友人と共同で、ソフト開発会社を設立するが、1999年、バブル崩壊のあおりを受け、会社を整理。

■その後、紆余曲折を経て、2004年3月、(株)クレセント・フューチャーを資本金1,000万円で設立。代表取締役となる。
初年度売上1,000万円、次年度売上1億4,000万円、3年度3億4,000万円、
今期の予想売上は、6億円を見込む。
現在は、ソフト開発業務に加え、組み込み系技術者の教育・育成、医療機器販売、薬事代行業務を手がける。
2006年9月に資本金を2,000万円に増資。5年後の上場を目指し、多忙の日々を送っている。

■佐藤代表とは、会社整理の頃知り合う。
倒産寸前の友人の会社を、半年余りで黒字会社に転換させた手腕に脱帽。それを契機に、自身の再チャレンジをサポートしてもらう。
氏の緻密かつ情熱的な指導の下、3年で売上を30倍にまで伸ばす。

■学生時代には野球部に所属。
50才を迎える現在も、少年野球の監督として、子供達の指導に熱を入れるスポーツマンである。









平山 陽嗣(ひらやま ようじ)

1985年、愛知県出まれ。 岐阜工業高等専門学校 環境都市工学科卒。

小・中学校を地元浅井町で過ごし、その後、環境問題を勉強したいとの想いから、岐阜工業高等専門学校環境都市工学科へと進学。
高専5年間を、地元愛知を離れ、岐阜で過ごす。

学生時代は、「自分がこの空間に存在した証を残したい」との想いから、高専祭実行委員、寮生会文化委員長等を務め上げる。
高専祭実行委員では、5年間装飾部に在籍し、新しいモノを創り出すこと快感を覚える。
寮生会文化委員長では、寮生会誌の歴史に革命を起こすべく、過去最高のクオリティの作品を創り出す。
5年の高専祭では、高専祭実行委員、バンド、オムライス屋を同時に行い、その全てを大好評のうちに終える。特に、オムライス屋は友人3人で出店したにも関わらず、全模擬店の中で最高益を達成する。
2006年04月、高専卒業と同時に上京し、現在社会人二年生。

佐藤さんと初めてお会いしたのは、新しい生活にも慣れ始めた2006年05月。
あの時の、緊張・興奮・感動は永遠に忘れません。
それほど、衝撃的な出会いでした。それほど、魅力的な人物でした。
今までの人生で出会った人の中で、一番凄い人だ!と心の底から思いました。

初対面にも関わらず、自分の奥底に眠っている感情を見透かされると同時に、今まで自分が大切にしてきた価値観を否定されました。
そして、何も反論出来ませんでした。

今まで、自分が大切にしてきた価値観は、容易な事では変わりません。
しかし、その日、自分の中で何かが確実に変化するのが分かりました。
同時に、この人に会えただけで、東京に来た意味があったと思える様な感動を覚えました。

その後、内弟子として、NPO法人起業家ホットラインのお手伝いをさせてもらっています。
日々学ぶばかりですが、非常に楽しいです。
佐藤さんは、全てにおいてレベルが高いので、僕が現状で満足する事を許してくれません。
集中力や忍耐力はもちろんのこと、新しいことにチャレンジする姿勢や、日々学ぼうとする姿勢に至るまで、全てにおいて、僕は負けています。
最高ですよ!

佐藤さんは、会社経営に必要な知識はもちろんのこと、精神的な考え方も成熟しています。
どんな質問をしても、僕のレベルに合わせて的確に答えてくれます。
本当に、「凄い」の一言です。







秋山 沙英子(あきやま さえこ)

1985年、青森県生まれ。 工学院大学建築学科在籍。

小学生、中学生、高校生と、人前で話すと上がってしまってしどろもどろになるのに、
「リーダー」「1番」という響きが好きで、学年委員長から児童会副会長、学年委員長、生徒会執行部部員など、様々な役職を歴任する、目立ちたがり屋。

幼い頃から運動が不得意で(いまだに自転車に乗れない)、汚名を晴らすべく、中学生のときに陸上競技部に入部する。しかし、苦手なものが、簡単に得意になるわけもなく、短距離走、砲丸投げ、ハードル走と種目を点々とするものの、1年間は全く結果が出ず。
しかし、部活を休まなかったのが良かったのか、長距離走に転向後すぐ、大会で6位入賞を果たす。その後は、長距離走の主力選手として、駅伝やマラソンに参加し、上位の成績を収める。

建築に夢と希望を抱いて、工学院大学に入学するものの、自分には設計者に必要な創造力と細やかさが欠けていることに気づき、設計者になることを断念する。

2006年夏、大学の求人募集の掲示に、起業家ホットラインの内弟子募集の掲示を見つける。自分には今まで関わりのない世界であったが、「何か学びがあるかもしれない」と期待しつつも、「自分なんかが会いに行っていいのだろうか」と、2週間悩んだ揚げ句、面接を申し込む。

佐藤先生は、イメージしていたような方とは違って、こちらを和ませてくれて話し始めてくれた。私は、理系の学生ということをいいことに、ひどく世間知らずであったが、私でもわかるようにと、ビジネスや社会の一端について、掘り下げて話してくださった。
なかでも、印象的だったのは、「缶ジュースを2割値引きしたら、利益は半分になってしまう」という話だ。利益は2割引きかと思いきや、全く半分になってしまうなんて、ビジネスの世界は私にとって、全くの未知であった。

門下生テストは、出来が悪く、駄目なポイントをたくさん指摘され、それが的を得ているだけに、とても情けなく思った。
先生は、私を入門させたくないと思っていたと思うが、先生に鍛えてもらわないと、先生のような人に師事する機会はもう一生ないと思い、熱意でお願いをし、内弟子としてそばにおいてもらうことを許された。
あの時、中学生並みの文章力だった私を、「それほど言うなら修行してみるか」と言ってくれた先生に、本当に感謝している。

働いてみると、確かに先生は、やるべきことをやらないと指摘されるが、暴力を振るったり、重箱の隅をつつくような嫌味を言う人じゃないので、とても働きやすい。
先生は話し好きなので、小休憩のときに、佐藤先生劇場(先生の一人芝居、波乱の生涯)を開演してもらう。先生の話はとても面白いのですが、ドラマよりもすごい刃傷沙汰的な話も出てくるので(先生はまったく気付いていないだろうが)、本当に引いちゃって、疲れを取ることもままならないこともある・・。

私たち内弟子は、終電近くまで残り、作業をすることもあるが、学びが多いので、夜中まで仕事をすることも苦にならない。扱っている仕事のレベルが私にとっては高いので、理解しづらいこともあるが、認めてもらえるかどうかは別にして、本気で頑張る環境に身をおくことができる。

先生から教わることは、がむしゃらに頑張ればいいという精神論でもなく、その場しのぎの小手先のテクニックでもない。「人はどう生きていくべきか?」ということを、教わっている気がする。
先生は、よく「これはビジネス上でも役立つが、人生においても応用することが出来る。たとえば・・」と、具体的な補足をしてくれる。
人生経験の不足している私のような若者に、正面から注意してくれたり、助言してくれる人は少ない。先生は、「自分ほど厳しい人間はいない」と言っているが、私は、先生ほど、私を含め、周りの人間のことを心底心配し、厳しく導いてくれる「優しい」人はいないと、心からそう思う。

現在、内弟子一の「お騒がせ娘」だが、先生の元で、何とか成長しようともがいている。







安田 豊和(やすだ とよかず)

1981年、沖縄県生まれ。 山口東京理科大学 基礎工学部卒。

2007年 4月 某情報通信コンサルティング会社(上場会社)に入社。

小学生の頃、親愛なる祖父をガンで亡くしたことから、ガンの撲滅を誓う。
大学進学を機に将来を技術者として志すが、学生時代に見聞を広めていく中で「独自で会社を設立したい」という思いが芽生え、いつかは起業家という道で幼き頃の夢を実現させようと、紆余曲折の中で自らを鍛える日々を送る。

2005年8月、mixi(ミクシィ)の起業家向けコミュニティーを通じて、佐藤信之代表理事との初対面を果たし、氏の人間性に触れるとともに、NPO法人「起業家ホットライン」の壮大な構想について知る。
その後、数回の面会を経て、翌年の2006年8月、就職活動での1ヶ月以上におよぶ上京を機に、NPO法人の立ち上げメンバーに参加。この間、佐藤代表の事務所に居候する。

スタッフとして業務を行う傍ら、経営者の考え方、姿勢、心得など、佐藤代表からじかに多くの指導を受ける。
また、この夏の就職活動に至っては、佐藤代表の熟練した人事採用活動経験からの的確なアドバイスや、その人脈を活かした業界情報、及び志望企業のOB紹介等を受け、念願の第一志望企業に内定。
このとき、「経営者の視点による人材採用」の基本的概念も併せて指導を受ける。

主に扱った業務は、全業務中で最も簡単な「文章訂正」。既に他のスタッフが佐藤代表の文章をワープロに起こしており、その誤字・脱字等の修正を担当した。
他にも、会員用模擬試験の問題の打ち込みを担当。
気がつけば、翌朝になっていたことも・・。
就活生としては、日本一、「売上高」「粗利益」といった単語を打ち込んだ漢。

「どんなに簡単な業務でも常に真剣勝負」という佐藤代表の理念のもと、過酷な業務を遂行していく中で、自分の稚拙な文章力に改めて気付かされる。
現在、良質の文章に触れることで自分の表現力を高めようと、日夜読書に明け暮れる日々を送る。

趣味:読書 おしゃべり 人を喜ばせること
特技:ロックドラム 
アルバイトで鍛えた「皿洗い」、寿司ネタの「握り」、「掛け声(ハイ、喜んで~♪)」
座右の銘:小を成さない者に大を成すことは出来ない