● 数字を管理目標にすることの大切さ
現在、日本の中小企業の80%近くは赤字会社です。
私が銀行にいた15年前までは、40%以下でした。
たった15年ほどの間で、赤字会社は倍近くに増えています。
なぜそうなってしまったのか?
ひとつは、これまで、高度成長期の流れの恩恵を受けていたということです。
欧米企業に追いつけの掛け声のもと、銀行が資金面で全面的にバックアップし、経済全体が右肩上がりに成長し、企業の売り上げが伸びていたため、会社の財務体質の悪化に気づかなかったことです。
もう一つは、土地神話によって本業に含み益が生まれ、いざとなれば資産の売却によって立ち直ることが可能だったからです。
資本効率のような難しいことを考えるよりも、値上がりしそうな土地を仕込んでおいたほうが、結果として大きな財産を作ることができたのです。
バブル崩壊後、日本の土地神話は崩壊し、同時に含み資産経営も崩壊しました。
その後、デフレにより売り上げが減少し、商品価格が下降して、損益分岐点を割り込んでしまった企業が続出しました。
さらには、バランスシートに利益を生まない資産を積み上げてしまい、借入金の返済が重荷になってしまいました。
バブル当時の銀行員は、誰もが、会社経営者や高額納税者を相手に、こんな営業をかけていました。
「利益が出て、税金の支払いにお困りでしょう。いい方法があります。
銀行から借金して、土地やゴルフ会員権を買うことです。
そうすれば、支払い金利が利益を圧縮して、税金が減ります。買った土地は毎年、金利以上に値上がりしますし、含み益なので税金はかかりません。」
バランスシートの左側に土地があり、しっかりと含み益がある。
これは、まだ実現していない利益だから非課税です。
かたや、取得コストである借り入れ金利は、本来の利益を圧縮し、その分、課税取得が減税されます。
これは、完璧な節税方法です。
こんなうまい話に乗らない経営者はいませんでした。
けれどもこれは、土地が値上がりを続けるという条件のもとでの話でした。
土地の値段が下がればどうなるか。
借入金コストが損益分岐点を押し上げ、高コスト体質になります。
土地が含み損を持つまで下がると、資産形成どころか、資産喪失につながります。
資産を処分しても借入金が全額返済できず、会社の存続すら危うくなってしまいます。
ましてや、本業の売り上げの伸びが止まり、さらに下落すれば、本業そのものが高コスト体質になります。
それに加えて設備過大、供給過剰に陥れば、会社が生き残ることは不可能です。
当時から私は、こうしたその場しのぎのテクニック的なやり方や、土地神話に疑問を持っていましたので、お客さんには「こういう時代こそ、経営の基本に、会計の考え方をおかなければならない」と指導してきました。
つまり、予想売上高から必要な利益を差し引いた残りで、原価や経費をまかない、
小さなバランスシートで、いかに大きな儲けを生み出すかという考え方です。
しかし、当時は、なかなかこうした考え方は理解してもらえませんでした。
独立して、会社の会計事務をお手伝いするようになっても、最初の頃は、よく言われました。
「難しいことはいいので、実際の金儲けは、私に任せてくれませんか。
コレまで何とかやってこれたし、これからもこれでやっていくつもりです。
先生に頼みたいのは、決算書の作成と節税の知恵を貸してくれることです。」
けれど、再生業務に力をいれるようになり、結果を出すようになってから、お客さんの反応も変わっていきました。
周りの知り合いの会社が倒産していく中で、「なぜ自分の会社だけが利益を生み出しているのか」、その理由に気づいてくれたのです。
「ここにきてやっと、いつもお話されている意味が理解できるようになりました。
数字の管理ができなければ経営者の資格はない、と先生は口癖のようにおっしゃっていましたが、今は本当にその通りだと思います。
先生は、最初は4ヶ月おきに、嫌われるのを覚悟で、私の会社の財務内容を厳しい口調で指摘されていましたが、そのおかげで利益を追求することの本当の意味が理解できるようになりました。会社がやっと利益体質に改善できたのも、すべて先生のおかげです。」
会社再建に成功したときの社長のうれしそうな顔をみると、それまで共に歩んだ苦労などは、どこかへ吹き飛んでしまいます。
仕事冥利に尽きるとはこのことです。
会計数字から導き出される経営目標は、小さな資本でいかに大きな儲けを上げるかということに他なりません。
つまり、小さなバランスシートで、いかに大きな儲けを生み出すかということです。
基本的な「資本効率の追求」を軽視する先に、企業の存続はありえません。
異常な悪夢から目覚めた今こそ、経営者は早急に原点に立ち返り、経営目標を一から考え直す必要があるのです。
● 決算書は、必ずしも会社の実態を表してはいない
税理士の作成した、納税のみを重視した決算所に従って、経営分析ができると考えるのは大間違いです。
財務計算中心の決算書を、経営に役立てようとすると、痛い目にあいます。
たとえば、収益力が落ちてきた場合に、減価償却費を財務基準の満額やらないケースがあります。
「会社を赤字にしたくない」「将来黒字になってから減価償却したほうが税金上有利だ」といった判断からそうするのですが、これは財務の立場からは決して間違ってはいません。
しかし、その結果、その会社の決算書は正しい実態を示さず、経営者がこれでいいと勘違いしてしまい、経営努力を怠ったり、判断を誤る原因となります。
例えば、会社で100万円の営業赤字が出て、以前からある営業外損益の赤字分200万円を吸収できないとします。
本来、減価償却費として500万円を計上しなければならないのに、400万円減額して100万円とすれば、営業利益は300万円あるかのようになります。
その結果、決算書上は営業外損失200万円を吸収して、経常利益でも100万円の黒字となります。
この程度の粉飾はどんな企業でもやっていることであり、資金が回っていれば、銀行取引にも支障はきたさないし、税務署も何もいいません。
一応利益も出ているので、経営者も社員も「こんな厳しい環境にもかかわらず儲かっている」と安心してしまいます。
しかし、これには実は重大な問題点があります。
1.将来の再設備ができない
本来、減価償却には、投資した設備を将来のために再設備できるように回収して積み立てておくという機能があります。
この減価償却を減らすということは、将来の設備投資の準備をしないということです。
企業の将来と存続を考えたやり方とは、相反するものです。
2.借入金が返済できない
借入金の返済原資は、税引後の当期利益に減価償却費を加えたものです。
つまり、減価償却を減らすということは、借入金返済の原資を減らすこととなり、返済に行き詰ることとなります。
3.経営改善に必要な数値が把握できない
小さな会社にとっては、減価償却費を満額計上して、なおかつ営業利益がでる。
すなわちキャッシュフローが大きくなる経営体質に変えることが最重要項目です。
そのためには、正しい決算数値から現状把握をし、目指すべき目標を掲げ、目標と現実とのギャップをどうすれば埋めることができるかを、真剣に考えることが必要です。
そのためには血のにじむような努力もしなければならないし、社員の危機意識も高めなければいけません。
経営者だけが理解しても、事態はよくなりません。
幹部や社員まで危機感を浸透させなければ、経営改善など実現できるものではないのです。
決算書は、問題意識を共有化するための羅針盤です。
しかし、税務計算を中心に据えた決算書では、経営改善には何の役にも立たないのです。
これは何も、減価償却に限ったことではありません。
税務上のルールに則った決算書には、会社の実態とかけ離れた数字が表記されています。
基準にすべき数値が誤っている限り、現状把握もできなければ、
経営分析や目標数値の設定などできるはずがないのです。
● 会社を倒産させる社長が勘違いする目標数値のワナ
客観的に会社を評価するには、数字を見るのが一番ですが、その数字を鵜呑みにするのは危険です。
1.売り上げ
「売り上げ」は、会社の大きさや信用度を測るには便利です。
売上高が大きければ、それだけ多くの取引先があるということですし、顧客からの信頼も高いといえるでしょう。
ただし、それは、経営形態が同じだと仮定しての話です。
似たようなモノを扱っていたとしても、それが商社とメーカーというように、経営の形態が違う場合は、単純に売上高を比べても意味がありません。
商社は商品を仕入れ販売していますが、メーカーの場合は自社で製造を行っていますから、売り上げだけを比較すれば商社のほうが大きいのです。
確かに売り上げが大きいほうが立派に感じますが、それよりも大事なのは、
「いくら使っていくら儲けたか」という総合的な収益性なのです。
2、従業員数
何万人もいる会社のほうが、社員5人といった会社より社会的認知度は高いといえます。
しかし、経営効率という点から見れば、小さな会社のほうが「一人当たりの粗利益」は大きい場合が多いのです。
ヒトやカネといった経営資源を投入した結果、どれだけの成果が上がったかを示す数値を「生産性」といいます。
資源がヒトの場合は、「労働生産性」といわれますが、小さな会社にとってこの数値は、経営効率をはかるモノサシとなります。
従業員が多いからといって「労働生産性」が高くなるわけではなく、むしろ、固定費の増加から経営効率が悪くなるケースが多いのです。
3、利益
通常「黒字会社なら優良、赤字会社なら危険」といわれます。
しかし、起業間もない会社では、初期投資を回収するまでは赤字が続くでしょうし、
業種によっては、業界全体が黒字ということも考えられます。
会社の存続に欠かせないものは、資金繰りです。
黒字会社でも資金繰りに失敗すると倒産してしまいます。
利益が出ているからといって、会社が安全だとはいえないのです。
4、資産総額
資産をたくさん持っている会社は、安定しているように感じます。
しかし、資産の大きさだけをモノサシにすると、大きな経営判断ミスを犯してしまいます。
店舗や工場を自前で持つと「固定資産」は大きくなります。
設備投資に力を入れていても同様です。
また、在庫を多くストックしている会社であれば、棚卸資産である「流動資産」が大きくなります。
売掛金や受取手形が増えても同様です。
しかし、いくらそうした資産総額が多くても、不要な遊休資産が内在しており、
実際の経営に貢献していなければ、意味がありません。
そればかりか、そうした投資効率の悪さが重荷になり、最終的に倒産してしまう原因となることが多いのです。
経営分析をする上で、気をつけなければならないことがあります。
それは、「ひとつの指標だけで判断しない」ということです。
経営分析は、単なる数字の遊びではありません。
「分析した結果出た数字を、どう経営に活かすか」が問題です。
自社の数字が、業界平均値と比べて悪かった場合、何が原因か、どこを改善すればいいか、を徹底的に考えなければなりません。
そこまでやって、初めて経営分析が終了となるのです。
私のような専門家が使う経営分析のテキストには、100以上の経営指標が並んでいますが、実際の経営では、20もあれば十分です。
その中でも、起業家にとって、「これだけは知っていれば、経営の8割をカバーできる」という経営指標は10もありません。
もっといえば、最低4つの目標数値を管理するだけで、これまでと全く違った経営が出来るようになります。
これから、起業家にとって最も重要な経営数値をいくつか解説しますが、その結果を生かすも殺すも、あなた自身の問題です。
注意しなければならないのは、ひとつの指標を計算した結果で、一喜一憂しないということです。
ひとつの数字だけで、良い悪いを判断するのは大変危険です。
それをさらに別の視点から眺めたり、さらに詳しい分析を行うことが重要なのです。
これは経営分析の鉄則でもあります。
経営は、「攻撃」と「防御」のバランスが大切です。
守りだけに終始すると、将来的に成長力が衰え、収益力も悪化してしまいます。
また逆に、借金があることで、社員に危機感が生まれ、売り上げ目標への達成意欲が充実することもあります。
ただ、私がいう「防御」とは、消極的な経営戦略を目指すということではありません。
「不敗の経営体質を作る」ということです。
どんな攻撃にも耐えられるだけの「防御」を身につけるということです。
「不敗」の「防御」を身につけて、初めて、「攻撃」に全力を傾けることが出来るのです。
空手やボクシングと同様、「防御」を身につけるということは、地味で根気のいる作業です。
人間ですから、ついつい見映えのいい、「攻撃」の方に気を取られがちです。
しかし、「防御」を身につけなければ、どこかで必ず大きな過ちを犯します。
「攻撃」だけで勝ち進めるほど、ビジネスの世界は甘くはないのです。
ここでは、数字に限らず、起業家が勘違いしやすい経営判断についても、述べていくつもりです。
ぜひそれらを実践され、「不敗」の精神がいかに大切であるかを、身をもって体験していただけたらと思います。
● ほとんどの経営者がカン違いしている財務分析の手法
起業家が財務分析を行う目的は、大きく分けると2つしかありません。
・銀行からお金を借りるため
・倒産を予兆し、会社を存続させるため
① 銀行からお金を借りるため
決算書は、大きく分けると、損益計算書(P/L)と貸借対照表(B/S)の2つの財務諸表に分けられます。
損益計算書は、利益の発生状況を示すものであり、貸借対照表は、財産や借金の状況を示すものです。
それぞれ、会社の決算期には税務署に提出しなければなりませんので、一年間の取引の集大成として会計処理をした結果、作成されるものです。
つまり、大半の経営者は、決算書というものは、事業活動の結果として出来上がるものだと思っています。
ここが、大きな間違いです。
確かに、「損益計算書」の方は、会社の一年間の事業活動の結果として、どれだけ儲かったかを示すものですから、これを変更するわけにはいきません。
それをやってしまうと、粉飾になってしまいます。
しかし、「貸借対照表」は違います。
会社の経営状況を把握できる諸表として、銀行が最も重要視する「貸借対照表」は、あなたの意思しだいで、合法的にいかようにも変えることができるものなのです。
「信用格付け」のカテゴリーで説明したように、銀行は貸借対照表を分析することで、
あなたの会社を格付けします。
そして、その格付けに応じて、融資金額、金利を決定します。
つまり、銀行がどの数字をどのように分析するかを知っていれば、その配点に応じて、点数が高くなるように貸借対照表を変えれば良いのです。
貸借対照表は、経営の結果として出来上がるものではなく、あなたの意志によって作り上げていくものなのです。
② 倒産を予兆し、会社を存続させるため
ビジネスの基本ルール。それは「儲ける」ことです。
「そんなことぐらい知ってるよ」と思われるかもしれませんが、実際にこの意味が本当に分かっている経営者はめったにいません。
会社は利益を上げ、そのお金を社内に貯めていきます。
これを「内部留保」といいますが、お金を貯めたからといって会社は存続できるものではありません。
そのお金を「再投資」することによって、存続するのです。
起業時のまま、同じことをやっていたのでは、いつか会社はダメになってしまいます。
次のメシの種を見つけるために、投資をし続けなくてはならないのです。
あなたは、経営を一年単位で考えているかもしれませんが、それは大きな間違いです。
利益を出し、それを内部留保し、内部留保したお金を再投資して一回りです。
つまり、経営の単位は、最低でも3年は必要だということです。
では、どうやれば、利益を内部留保できるのか?
そして、そのお金を何に投資すれば良いのか?
ここで大半の経営者はミスを犯してしまいます。
決算書の利益をう飲みにして、くだらないことにお金を浪費したり、本来投資すべきでないものに投資したりします。
結果、資金繰りに窮することになり、会社を倒産させてしまいます。
会社が潰れるのは、業績が赤字になったからではなく、お金の流れが止まったからです。
いくら業績が良くても、お金に詰まると、会社というものは潰れるのです。
ほとんどの経営者は、常に売上や利益を気にしています。
売上や利益が目標に比べてどうなのか、利益率は大丈夫かを最重要課題にしています。
もちろん、売上や利益が上がらなければ会社は成り立ちませんから、これらに注目することは間違ってはいません。
しかし、本当に会社を存続させたいと願うのなら、売上や利益が上がった下がったで一喜一憂するのではなく、その裏やその先を見る必要があります。
売上が上がったとは言っても、それは現金なのか、売掛金なのか。
売掛金であればいつ入金があるのか、それまでの資金繰りはどうするのか。
単純に、売上が上がっただけで喜んでいるようでは、経営者としては失格といえます。
ビジネスにおける「売上」とは、現金になってこそ、本当の売上です。
売掛金や受取手形、在庫に形を変えているうちは、真の「売上」とは言えないのです。
こうしたことを、数字で把握できる唯一の方法が、「貸借対照表」の分析です。
売上や利益の増減で、一喜一憂している経営者は、「損益計算書」中心の思考回路になっています。
しかし、本当に大切なのは、日々の事業活動が「貸借対照表」にどのような影響を与えるのかを知ることです。
経営の目的は、「損益計算書」を良くしていくことではなく、「貸借対照表」を良くしていくことなのです。
貸借対照表が良くならないと、会社は存続できません。
これが理解できれば、会社は長期的に儲けることが可能になります。
あなたは、貸借対照表の「資産」の部が増えれば、会社は安泰だと考えていませんか?
確かに理論上は、資産が増えれば利益は計上されやすくなりますから、それが正解のような気がします。
また、資産があれば、会社の体力もあるような気がします。
しかし、潰れる会社の共通点は、「資産」が多いことです。
無計画で安易な投資によるムダな資産は、お金を湯水のごとく流出させます。
借入金の金利や元金、そして税金に化けて、会社の外に出ていきます。
このことを知らない経営者は、数多く存在します。
会社というものは、急に潰れるものではありません。
3~5年かけて、ゆっくりと潰れていくのです。
「気付いたときにはもう遅い」というのが、会社という生き物の怖いところです。
貸借対照表がシンプルで科目も少なければ、軽自動車のように、ハンドルを切ればスグに方向転換もできます。
しかし、「資産」の部も「負債」の部も大きな、タンカーのような貸借対照表であれば、
舵を切ってもスグには方向は変わりません。
時間をかけて、ゆっくりと方向を修正するしかありません。
その間に資金ショートを起こし、倒産してしまうのが会社という生き物の特徴です。
だからこそ、倒産の予兆をできるだけ早く知るために、経営分析の知識が欠くべからざるものとなるのです。
ここでは、倒産を予兆し、会社を存続させるために必要な、最低限の管理数値を解説します。
銀行からお金を借りるための分析数値については、「信用格付け」のカテゴリーの上級編で、詳しく解説します。
まずは、ここで紹介する管理数値を完璧にマスターして下さい。
そして、それを日常の業務の指針として下さい。
それが、あなたの会社を倒産から救うことになります。
なお、分析に際しては、トップページの「資金繰り」のところで解説したように、貸借対照表の「資産」の部を、実体に合わせた形で評価し直すことが大切です。
分析に必要な大本の数字が違っていたのでは、何の意味もなさないからです。
その手法については、別のカテゴリーでお教えしますが、今は、できる範囲で結構ですから、決算書をご用意頂き、分析してみて下さい。
● いくらまでなら借金しても良いのか?
① 確実に、テコの原理で利益が増大するケースのみ借入れする。
起業家であれば、十分すぎるほどの自己資本を元手に、事業を開始することはほとんどないと思います。
時期は別にして、いずれ借入れが必要になる時がきます。
しかし、あえて、それが分かった上で、あなたに伝えたいことがあります。
それは、まず基本は、「無借金経営」を目指すべきだということです。
もちろん、会社を発展させるためには、借入れが必要だと思います。
そのことは否定しませんが、まずは、借金をしなくてもすむような経営を考えることが大切です。
最初に用意したお金の中で、いかに事業を廻していくのか、それを徹底的に考えます。
とにかく、すぐに借入れに頼ろうとする姿勢はやめてほしいのです。
それは、先ほど私が説明した、貸借対照表(バランスシート)が大きくなっていく原因になるからです。
私はこれまで数多くの倒産寸前企業を見てきましたが、どの会社にも共通していることは、「借入過多」だということです。
筋肉質のままバランスシートが大きくなっていれば良いのですが、大半の中小企業のバランスシートは、体が大きいだけの水ぶくれです。
バランスシートが水ぶくれのまま大きくなり、複雑化してしまっています。
これでは、素人には、倒産の予兆も見つけられないでしょうし、見つけたとしても簡単に回避できません。
バランスシートをシンプルにするためにも、できるだけ「借入金」の科目は無いほうが良いのです。
ただし、借入れをしても良いケースが一つだけあります。
それは、「借入れをすることにより、会社の利益が確実に上がる」場合です。
自己資本だけでは足らず、借入れをすることによってそれが可能になり、利益が上がる。
そして、その利益により、借入れを返済することができ、返済した後には、以前よりも多額の資金が手元に残っている。
こうしたケースであれば、迷わず借入れすべきです。
例えば、「多少安くても、まとまって土地を買ってくれるなら売りたい」という地主さんがいたとします。
その土地を仕入れて転売すれば、どう安く見積もっても通常の利益の倍くらい取れる。
それだけのスキルもノウハウもあるが、仕入資金がないため、行動が起こせないのであれば、借入れすべきです。
あるいは、試行錯誤の結果、広告費の3倍の利益が生まれるノウハウを見つけたとします。
この方法を使って、多額の広告費を投入すれば、ほぼ間違いなくこれまで以上の利益を上げることができます。
こうしたケースも、借入れしてかまいません。
つまり、ほぼ確実に、テコの原理で利益を増大させることが出来るケースです。
それ以外は、借入れをすべきではありません。
起業家にありがちなのは、「この事業は必ず儲かる」と盲目的に信じ込み、最初から借入れに頼ることです。
これでは、何の根拠もありませんから、リスクだけ大きく背負うことになります。
これまで事業で培ったノウハウと同業種の新規事業に利用するなら、テコの原理が効くかもしれませんが、最初の借入れからテコの原理が効くことはありません。
「それでは起業できない」と言われるかもしれませんが、そういう場合は、自己資金の範囲内でやるか、出資を受けるしかないのです。
どうしても借入れに頼らざるを得ない場合であっても、必要資金の半分までです。
それ以上になると、リスクが大きすぎます。
これは、志半ばで潰れていった数多くの会社を見てきたからこそ分かる、借入れの原理原則です。
② 返済することを忘れていないか
銀行で2,000万円を5年で借りた場合、毎月の返済額は、元金だけで33万円です。
これに金利が3%だとすると、5万円がプラスされます。
(金利は、返済に応じて下がっていきますが、ここでは考慮しません)
つまり、毎月38万円もの金額が、余分に出ていくのです。
これまでそれほどラクでない状況にもかかわらず、それだけの金額をどうやって捻出するつもりですか?
借入れしたことにより、毎月38万円収入が増えるのであれば、何の問題もありません。
しかし、それが増えないとしたら、近い将来、また次の借入れをしなくてはならなくなります。
そうやって、どんどん借金だけが増えていきます。
それに関連して、もう一つ重要なことがあります。
それは、「借入金の返済は、利益からしか捻出できない」ということです。
そして、「その利益は、税引後の利益である」ということです。
利益が出れば税金を払いますので、それを引いた後の利益からしか、返済することはできません。
あとは、経費の中にある、支出を伴わない費用「減価償却費」を、その利益に足した範囲内でしか、借金の返済はできません。(これをキャッシュフローといいます)
つまり、借入れの年間返済可能額は、下記の公式で求められます。
上記のように、2,000万円を5年で返済する場合、年間の元金返済額は400万円となります。
減価償却がない場合だと、税引後当期利益が400万円ないと、この借金は返済できません。
法人税の実効税率を40%で計算すると、400万円÷40%=1,000万円の経常利益が必要になります。
仮に、売上高経常利益率が10%の超優良企業だとしても、この返済を可能にするためには、1億円の売上増が必要だということです。
あなたは、2,000万円の投資をして、売上を1億円以上増やす自信がありますか?
借入金の返済は、利益から行います。しかも、税引後の利益です。
実はこれは、ものすごく大変なことなのです。
お分かりのように、借入金の返済元金は経費になりません。
「金利」だけは経費ですが、「元金」部分は経費にならないのです。
ということは、返済金は出ていっても、税金は減らないということです。
つまり、逆の言い方をすると、「借入金の返済には税金がかかる」ということです。
例えば、500万円の利益が出て、元金を500万円返済したら、後で税金が200万円かかってきます。
キャッシュはありませんから、この200万円を払うために、また銀行から借金をしなければなりません。
借入を行った場合、最も苦労するのが、この返済の悪循環です。
この苦しさは、こうした借金の悪循環を経験した人にしか分からないかもしれません。
終わりのない無間地獄のようなものです。
繰り返しになりますが、借入金は、確実に利益を増幅できる場合のみ、借入れるものです。
借りっ放しで、借入金額が減らないということは、徐々に倒産への道に近づいているということなのです。
③ 借入れは月商の3ヶ月分までが限度
「月商の何ヶ月分まで借金できるか」という指標を、「借入金月商倍率」といいます。
この数値は、業種によって違いがありますが、一般には、下記のようにいわれています。
なお、ここでの分子の「借入金残高」は、バランスシートに計上されている期末時点の借入金残高ではなく、毎月末の借入金残高の平均額によらなければなりません。
バランスシート作成日の前日に、借入金を一括して繰り上げ返済している場合などでは、正確な借入金月商倍率が計算できないためです。
これは、経営分析の本にはあまり書かれてないかも知れませんが、大切なことですので覚えておいて下さい。
製造業のように特殊な業種でない限り、借入れは、「月商の3ヶ月分」が限度だということです。
ちなみに、倒産企業の月商倍率の平均は、10ヶ月で、年商に限りなく近くなっています。
しかし、なぜ3ヶ月分なのでしょうか?
借入金の限度は、まず返済能力から考えていきます。
借入れの返済原資は、毎期の利益をベースにしたキャッシュフローからしかありえませんので、それを計算します。
先ほど説明した「税引後当期利益+減価償却費」がキャッシュフローになりますから、
これを元に借入限度額を求めます。
1. キャッシュフローを売上の5%と考える
売上高経常利益率8%を目指すとすると、その約半分が税引後当期利益になりますから、減価償却費と合わせて5%がボーダーラインといえます。
2. 返済期間は5年で考える
返済期間が5年先くらいであれば、リスクを考えた場合でも、ある程度のめどは立つと考え、5年で設定します。
3. 上記から次の計算式が成り立つ
年間売上高×5%×5年 = 年間売上高の25% = 3ヶ月分(12ヶ月分×25%)
以上の算式で求められる額が、5年で返済できる借入金の上限です。
つまり、これが、借りても良い金額の上限となります。
ちなみに製造業の場合だと、工場・機械設備等の減価償却費がかさみますので、キャッシュフローが売上の7%と見込みます。
設備投資も多いため、返済期間も他業種より長期だと考え、7年で設定します。
年間売上高×7%×7年 = 年間売上高の49% = 6ヶ月分
このように、計算式の前提が変われば、計算結果も変わってきます。
業種の特徴や会社の状況によって、自社の借入れ限度額を計算しておくことが大切です。
④ 借金は総資産の6割を絶対に超えてはならない
私が銀行にいた頃には、「月商倍率」を中心に借入限度額を計算していました。
しかし、最近の銀行では、総資産をベースにした考え方が主流になりつつあります。
この財務指標を、「借入金依存率」といいます。
この数値の適正範囲は、30%以下です。
どんなに多くとも、60%を超える借金をしてはいけません。
ビジネスローンのスコアシートでは、この数値が60%を超えるようだと、いくら他の数値が良くても、融資の対象にはならないというのが私の見解です。
ちなみに、倒産企業の平均借入金依存率は、72%です。
この方法で、あなたの借入限度額(総資産の6割)を簡単に算出する方法をお教えします。
総資産8,000万円、短期借入金1,000万円、長期借入金2,000万円の会社があったとします。
(1)総資産からすべての借入金を引いた額を計算する
8,000万円 -(1,000万円 + 2,000万円)= 5,000万円
(2)上記で算出された金額を1.5倍する
5,000万円 × 1.5倍 = 7,500万円
7,500万円が、この会社の借入限度額ですから、すでに借りている3,000万円を差し引くと、あと4,500万円が借入の上限だということです。
上限まで借入したとすると、総資産は8,000万円 + 4,500万円 = 1億2,500万円になりますので
注意してほしいのは、総資産の60%は、「これ以上の借入は倒産を意味する」という数字だということです。
決して、「ここまで借りてもかまわない」という数字ではないことを肝に銘じておいて下さい。
あくまで適正値は、総資産の30%以下です。
⑤ 支払利息から倒産の前兆を知る
売上高に占める支払利息・手形割引料の割合を、「売上高支払利息率」といいます。
この算式は、あまり聞いたことがないかもしれませんが、中小企業の決算書を分析する上では、欠かせないものです。
なぜなら、中小企業の決算書というものは、大部分が粉飾されているからです。
ノンバンクからの借入、サラ金からの借入を、そのまま決算書に載せるようなバカな行為は、誰も行わないと思います。
つまり、それらに対する支払利息は、決算書の別の項目で計上されているということです。
その支払利息を、決算書上の支払利息にプラスして、収益性から会社の存続を判断するのが、「売上高支払利息率」です。
ですから、この数値は、あなたに絶対にごまかすことのできない現実を突きつけます。
営業利益から、支払利息といった営業外費用を差し引いた金額が、経常利益となります。
小さな会社であれば、この経常利益が、そのまま税引前当期利益になることも少なくありません。
つまり、「経常利益の約6割が最終利益」だということです。
現在の経営環境において、大半の中小企業の「売上高営業利益率」は、3%を確保できていません。
2%以下の会社がほとんどです。
その状況において、2%を超える「売上高支払利息率」で、最終利益が確保できるはずがありません。
この数字が2%を超えれば、総資産に対する本当の借入金依存率は70%前後、3%を超えれば、借入金の額は年商をこえているはずです。
つまり、いつ倒産してもおかしくない状況だということです。
この数値に適正値はありません。
なぜなら、それぞれの会社によって、すべて売上高営業利益率は異なっているからです。
あなたの会社の営業利益率と比較して、それを上回る数値であれば、早急に財務内容を改善しない限り、いつかは倒産します。
人様に金利を払うだけの事業であれば、どんな苦労も決して報われることはないのです。
借入金の返済能力を計る指標としては、これまで紹介した算式以外にも、インタレスト・ガバレッジ・レシオ、ギアリング比率、債務償還年数といった重要な算式があります。
しかし、そのすべてをここで紹介していると、キリがありませんので、最重要と思われるものだけに留めておきます。
それ以外の算式については、会社の信用格付けにおいて使われるものですので、それについては、「信用格付け」のカテゴリーで解説させてもらいます。
まずは、これまでの算式を確実にマスターし、倒産の予兆を知ると同時に、限界値を超えた借入れを起こさないよう注意して下さい。
それが、あなたの会社を倒産から守ることになります。
● 自己資本比率をチェックせよ!
借入過多の裏返しとしてチェックするのが、「自己資本比率」です。
自己資本比率は、バランスシートを見る指標としては、最も重要な数値です。
銀行が、融資の際に最も重要視するのも、この数字です。
なぜ、自己資本比率がそれほど重要視されるかというと、この比率が、会社の安全性を最も端的に表しているからです。
「自己資本」とは、ビジネスを開始するときの元手と、その後の事業年度で稼ぎ出した利益の蓄積です。
つまり、返済する必要のないお金です。
それに対し、銀行借入といった「他人資本」は、必ず返済しなければならない「負債」であり、長期的に安心して使えるお金ではありません。
したがって、この比率を高めていくことが、会社の安全性につながっていくわけです。
これだけ重要な指標であるにもかかわらず、大半の経営者は、この指標をあまり意識していません。
その理由は、この比率が短期的に改善できるものでないと思っていることと、どうしても借入依存度が高くなるため、数値が悪くても仕方がないものだとあきらめていることです。
しかし、ビジネスの基本は、拡大再生産です。
儲かったお金をさらにつぎ込んで事業規模を拡大し、それにより、さらに大きく儲けていく。
そのサイクルをくり返すことこそが、ビジネスの王道です。
その上で、自分のお金だけではどうしようもないビジネスチャンスがあれば、採算とリスクを計算しながら、他人資本を活用するというのが本来の手法です。
つまり、「自己資本」を増やしていくために、「他人資本」があるということです。
これはとても大切な考え方ですので、忘れないで下さい。
自己資本比率は、高ければ高いほど良いのですが、まずは30%をクリアしてください。
黒字企業の平均値は28%ですから、これは最低合格ラインです。
そして、最終的には60%を確保して下さい。
自己資本比率が100%になることは、まずありません。
なぜなら、他人資本の中には、買掛金・未払金・支払手形といった、その他債務が含まれているからです。
ほぼ無借金といわれる、イトーヨーカドーの自己資本比率は、68%です。
大企業でも、これだけの数字をたたき出している会社があるのです。
比較的資産の少ない起業家の場合だと、30~40%なければ話になりません。
ちなみに、同じスーパーである、そごうが倒産した前年の自己資本比率は、15.4%でした。
つまり、20%を切ると危ないということです。
これまで私が見てきた倒産企業の、自己資本比率の平均は、8.7%でした。
しかし、これは業種・業態によって違いがあります。
例えば、不動産業や建設業、製造業の場合は、どうしても先行投資が必要になります。
工場や機械という固定資産であったり、土地や建物などの仕入が必要になります。
そのため、どうしても借入金や手付金・中間金をもらって資金調達をせざるを得なくなり、資産や負債が膨らんでいきます。
したがって、自己資本比率が低くなってしまうというわけです。
自己資本比率を高める方法は、次の3つしかありません。
① 増資する
増資により、資本金の額を増加させます。
直接的かつ即効性のある方法ですが、ただ、増資をしても一時的な効果にしかならないというのが、私の正直な感想です。
一旦は自己資本が増えても、会社が赤字体質のままであれば、資本は徐々に目減りしていきます。
したがって、次に掲げる2つの方法を併用しない限り、効果を期待することはできません。
② 利益を上げる
税引後当期利益を、剰余金として社内に留保していく方法です。
即効性はありませんが、利益の蓄積が増えれば増えるほど、自己資本比率は高くなっていきますので、会社としては最も望ましい経営成果の形といえます。
③ 資産・負債を減らす
ここで私が最も伝えたい方法がこれです。
この手法は、企業再生業務には欠かせない手法の一つです。
それと同時に、銀行融資を受けるためにも、必ず知っておかなくてはならない方法です。
※詳しくは、「信用格付け」の「自己資本を増額するには」を参照して下さい→クリック
これは、自己資本比率の計算式の、分母(総資本)を減らすということです。
間接的な方法ですが、その効果は絶大なものがあります。
では、なぜ資産を減らすと会社の安全性が高まるのでしょうか?
それは、次のようなステップを踏むからです。
まず、「資産の部」にある売掛金を早期に回収したり、在庫を少なくすることにより、現金を増やします。
また、固定資産を売却することにより、現金を増やします。
そして、その現金を使って、他人資本を返済し、「負債」を減らすのです。
その結果、総資産・負債ともに減少することになり、自己資本比率が高まるというわけです。
つまり、ムダな「資産」と、それに対応する「負債」を同時に圧縮するということです。
これは、私が最初に述べた、バランスシートの余分なぜい肉をそぎ落とし、シンプルな形に変えるということです。
この手法には、実践で培ったウルトラC級のノウハウがたくさんあります。
そのやり方については、上級編で、実例をあげて詳しく解説します。
私はこの手法を駆使し、これまで数多くの倒産寸前企業を救ってきました。
自己資本比率の向上だけでなく、運転資金を縮小させることにもなりますから、結果として資金繰りがラクになります。
その上、銀行の融資にも対応できますから、究極の改善策といえます。
私はノウハウめいた話は嫌いですが、唯一、この手法だけは、ぜひあなたにマスターしてもらいたいと思っています。
なぜなら、この手法をマスターすることは、会社のお金の流れや銀行の資金調達、資金繰りの改善といった、会社の存続に必要なほぼ全ての要素を含んでいるからです。
それと同時に、経営者としての判断能力や、商売の原理原則を身に付けることもできます。
何度も言いますが、とにかく「経営はできるだけシンプルに」が大原則です。
シンプルであればあるほど、数字面での苦労も少なくなりますし、経営判断を間違えることもありません。
私がこれまでやってきた再生業務というものは、「複雑化した経営環境を、いかにシンプルに改善するか」ということに他なりません。
とにかく、余分なぜい肉をつけてはダメなのです。
では、「何が、余分なぜい肉なのか?」
「ぜい肉がつくのは、何が原因なのか?」
「そのぜい肉は、どうやって取ればよいのか?」
それを勉強してもらうのが、このNPO法人の最大の目的の一つです。
そのためには、ビジネスの基本を一つずつマスターしてもらうしかありません。
地道な作業になりますから、あまり楽しくないかもしれません。
しかし、一旦マスターさえすれば、あなたはどんなビジネスを始めたとしても、一定レベルまでは成功できる人間になっているはずです。
これは、私が保証します。
そして、そのために必要な知識や考え方は、すべてここで伝えていくつもりです。
私は、ムダなことは一切教えませんので、安心して学んで頂けたらと思います。
● 経営は利回りを第一に考えろ!
これまで説明した「借入限度額」と「自己資本比率」の指標は、「会社を潰さない」ための「守り」の管理数値でした。
しかし、守りだけでは、いつかはジリ貧になってしまうのが経営の世界です。
そこで、ここでは、「攻め」の管理数値の中で最も重要なものを紹介します。
あなたは、ビジネスの基本ルールは何だと思いますか?
当たり前のことですが、「儲ける」ことです。
しかし、もっと突き詰めれば、「利回りを最大にする」ことです。
同じ100万円を稼ぐにしても、1,000万円の投資で稼ぐのと、500万円の投資で稼ぐのでは、まったく意味が違います。
ただ儲けるだけでは意味がないのです。
特に、起業家のように、最初の経営資源が少ない状況では、この「利回り感覚」があるのとないのでは大きな差が出てきます。
投資する資産をできるだけ少なくして、利益は最大限に取る。
言わせてみれば当たり前のことですが、これを実践できている人はほとんどいません。
あなたは、利益の絶対額を追うあまりに、考慮のない借入を繰り返し、資金をどんどん事業につぎ込んでいませんか?
その行為自体が、この基本ルールを、実は何も分かっていないという証拠です。
これを判断する数字は、決算書の中にあります。
それが「総資本経常利益率(ROA)」と呼ばれる指標です。
この指標は、極端な話、経営者であればこの数字だけを毎月確認し、数字を上げる対策を立てているだけで、会社は黙っていても儲かるといえるくらい重要な指標です。
総資本経常利益率(ROA)は、次のように計算します。
この指標は、いくらの総資本(=総資産)を投入して、どれだけの利益を稼いだかということですので、会社経営における利回りを表します。
分子は、「経常利益」をそのまま当てはめるのが一般的ですが、私の場合は、この経常利益に「支払利息」をプラスして、分子とします。
分母の「総資本」は他人資本と自己資本の合計ですから、分子の「利益」についても、
他人資本の調達コストである支払利息をプラスしたほうが、より整合性がとれるためです。
このやり方は、私のこれまでの実戦経験から生み出した手法です。
この数値の合格ラインは、20%です。
特に、総資本が少ない起業3年目までであれば、50%は確保すべきです。
経営分析の本を読むと、この数値は7~9%が基準値と書かれています。
しかし、それは、大企業用の数値であり、中小企業、特に起業家のように事業規模が小さな会社には当てはまりません。
なぜなら、利回りというものは、運用資産が少なければ少ないほど高くなるという特徴があるからです。
大富豪向けの投資ファンドが、オープンタイプではなくクローズタイプで、ある一定金額が集まった時点で締め切ってしまうのも、高利回りをたたき出すためです。
では、ROAを高めるためには、どうしたら良いのでしょうか?
経常利益を上げるのは当然のこととして、実はもう一つ大切なことがあります。
この算式は、実は2つの式に分解することができます。
この分解式で、まず知ってもらいたいことは、ROAを高めるには、「利益率」を高める企業努力に加えて、少ない投資額で大きく稼ぐ「回転率」の高い経営が必要だということです。
自由競争下では、新商品を出したなら、すぐにライバル企業からも同価格の類似商品が
登場します。
そのため、低価格での差別化はむずかしく、同業他社間の収益性は、ほぼ同じところへ
たどり着きます。
つまり、最初は稼げるかもしれませんが、いつかは儲からなくなるということです。
大切なのは、回転率です。
起業の優劣は、利益率だけでなく、回転率の高さに左右されるのです。
総資本回転率については、別のカテゴリーで詳しく説明しますが、これが悪い場合には、
「お金が寝やすい」科目である、棚卸資産・売上債権・固定資産などについてチェックし、それぞれを細分化して回転率を確認する必要があります。
(それぞれの回転率については、別のカテゴリーで解説します)
要は、ROAを高めるには、回転率にウェイトをかけるべきだということです。
もしROAが3~5%程度であれば、外貨預金の利回りの方が高いわけですから、総資本を投下した資産を全て売り払って資産運用したほうが、効率が良くてラクだということになってしまいます。
そんな経営状態なら、何もわざわざ気苦労することなく、のんびりしていたとしても、同じ金額以上の利益が手に入るわけですから、経営に四苦八苦する意味がありません。
さて、ここでは、もう一つ大切なことを伝えなければなりません。
あなたは、この分解式を見て何か矛盾を感じませんか?
ROAを高めるためには、①と②どちらの数値も上げるのが最も効果的です。
ほとんどの経営者は、売上を上げることに力をそそぎます。
確かに売上を上げれば、②の分子が増えるわけですから、総資本回転率は良くなります。
しかし、①の経常利益率はどうなりますか?
分母が増えるわけですから、①の数値は悪くなります。
あなたは、「利益率というものは一定なのだから、売上が上がるにしたがって利益も増えるわけだから問題ない」と考えるかもしれません。
一見正しいように思える理屈ですが、実際の経営ではそうはなりません。
売上ばかりを追いかけると、必ずコストが上がるからです。
これは、「損益分岐点」のカテゴリーで詳しく解説しますが、どんなに粗利のよい商品を扱っている場合であっても、必ず経験することです。
早目に気づけば対処のしようもあるのですが、限度額を超えた借入をしている場合であれば、手の打ちようがありません。
最悪の場合は、会社が潰れます。
したがって、この分解式で最も注目すべきは、②の分母である「総資本」です。
バランスシートでは、総資本と総資産は同額となりますから、つまり、「総資産」を少なくすることが、ROAを高める最も効果的な方法だということです。
ここまで読んで、カンのいい人であれば気づかれたと思います。
自己資本比率のところでも説明したように、資産を減らすことが、ここでも有効なのです。
資産を減らし、同時に負債を減少させることにより、いかにバランスシートを小さくするかが、経営のコツなのです。
経営の基本は、バランスシートをできるだけ小さくスリムにすることです。
もちろん事業というものは、拡大・成長していかなければなりませんから、事業規模に応じてバランスシートも大きくなっていきます。
しかし、大きくするにしても、できるだけ慎重に大きくしていく。
そして、大きくなったものを、再び小さくしていく。
これの繰り返しが、稼ぎ続け、存続し続けるための唯一の道です。
つまり、「バランスシートを小さくしながら大きくしていく」というイメージを持つことです。
これはとても重要な考え方です。
それと同時に、「コスト」感覚も重要です。
「コスト」については、別のカテゴリーで説明しますが、これも経営者であれば絶対に知っておかなくてはなりません。
「バランスシートを小さくする」「コストを下げる」
この二つを実行するだけで、あなたの会社は必ず儲かります。
そして、どんどん成長していきます。
ただし、その先には、また別の領域が待っています。それまでの考え方が通用しなくなる世界です。
しかし、そこから先の世界は、起業家であるあなたは、まだ知る必要はありません。
その時が来れば、私が口頭でお教えします。
それまでは、まず経営の基本をマスターして下さい。
さて、話は戻りますが、総資本回転率を高めるということは、総資産を減らすということです。
「回転率を高める」などと表現すると、何となく難しい理屈のように聞こえてしまいますが、要は、「資産の残高を減らす」ということです。
その方法はさまざまですが、まずは、可能なことから手をつけて下さい。
売掛金を早く回収して、すぐに買掛金の支払にあてれば、総資産と同時に総資本も減少します。
また、棚卸しをしっかりやれば、不良在庫は減り、無駄な仕入も減るわけですから、総資産が減少します。
それと同時に、利益率も高まります。
まさに一石二鳥です。
ここからも、安易に借入をすることが、いかに愚かな行為であるかが分かると思います。
借入をすれば、総資本が増えますし、それに見合う総資産も増加するわけですから、基本に反しています。
また、支払手形のサイトを延ばすようなこともやってはいけません。
目先の資金繰りはつくかもしれませんが、確実に総資本が増えます。
「資金繰りのノウハウ」といった本には、支払手形のサイトを延ばしたり、借入を行うことで、目先の資金繰りを脱するというような記述がありますが、実践では、そうした方法は逆に会社の倒産を早める結果となります。
いかに、そうした大先生のお話は、机上の空論に過ぎないかということです。
● 利益率を判定する、万能の財務指標がコレだ!
これまで説明した指標もそうですが、財務分析数値というものは、業種により大きく異なります。
ですので、自社の業界の適正値を基準に判断することが大切になります。
例えば、どんなに数字にうとい経営者であっても、自社の利益率を気にしない経営者はいないと思います。
この場合の利益率とは、一般には、「売上高経常利益率」のことを指します。
つまり、総売上高に対する経常利益の割合です。
この数値は、一般には、10%を確保すべきだといわれています。
しかし、この数値は業種により大きな差があります。
例えば、卸売業と不動産業では、5倍以上のひらきがあります。
また、同じ業種であっても、扱っている商品やサービスにより、販売ルート、対象顧客が違うため、その率は大きく違ってきます。
各社それぞれが、一つの業種といっても良いくらいです。
このように、経営者であるなら一番知りたいであろう経常利益率でさえ、基準というものはないのです。
しかし、それでは、自分の会社が儲かっているかどうかを知る手段がなくなってしまいます。
じゃあ、あきらめなくてはならないのかというと、そんなことはありません。
実は、全業種共通で経常利益の水準を確認できる方法があります。
それが、「安全余裕率」という指標です。
これは、付加価値(粗利益)に対する経常利益の割合を示します。
この数値の目標は、20%です。
最低でも、10%は確保しなければなりません。
この数字の意味するところは、「その率だけ売上が落ちても赤字にならない余裕」ということです。
つまり、安全余裕率20%ということは、20%売上が落ちても赤字にはならないということです。
安全余裕率が5~10%程度であれば、業界全体の景気が悪くなったり、取引先がなくなったりしただけで、赤字になる可能性があります。
20%あれば、単年度でそこまで落ちることはあまりないでしょうから、余裕をもって会社を経営していくことができます。
業種によって、売上高の大きさや粗利益率は変わってきますが、粗利益から経常利益に至るプロセスは同じです。
粗利益と経常利益の間には、固定費があるだけです。
つまり、固定費が少なければ少ないほど、安全余裕率は高くなります。
これは、業種とは関係ありません。
いかに固定費を下げるか、そして、粗利益率を上げるかだけが問題となるだけです。
さて、この計算式で、説明しておかなくてはならないことが一つあります。
それは、分母にある「付加価値」についてです。
この「付加価値」というものは、詳しく説明しているといくら書いても書き切れないほど、経営においては重要な要素です。
ですので、ここでは、その算出方法についてだけ、簡略化したやり方をお教えします。
「付加価値」とは、一般的には「粗利益」とか「売上総利益」と呼ばれるものです。
つまり、「売上」から「売上原価」を引いたものになります。
例えば、600円で仕入れたモノを1,000円で売れば、その時の儲け400円が付加価値です。
一般的には、損益計算書の「売上総利益」を、そのまま「付加価値」だと考えてもらってかまいません。
しかし、製造業や建設業、ソフトウェア業などの場合は、そうはいきません。
モノを製造する過程では、さまざまな費用が発生するからです。
必要な原材料を購入し、現場の作業者を雇い、使用する機械設備を確保し、動力や水などの資源を供給しなければなりません。
つまり、製造原価(売上原価)には、工場や現場で働く人件費や製造間接費(工場内の経費)が含まれているのです。
そのため、こうした業種では、「売上総利益」ではなく、売上高から製造原価の中の材料費と外注費を差し引いた「加工高」を、「付加価値」と考えます。
一般の商業以外の業種の方は少し面倒かもしれませんが、会計システムではとらえにくい「付加価値」の算出は、会社経営においては最重要管理項目といえるものです。
起業時から、付加価値を把握できるような仕組みを、情報システムの中に組み込んでおく必要があります。
そうしなければ、あなたの会社の実態は、いつまでたっても把握することはできません。
こうした業種であれば、必ず決算書の中に「製造原価報告書」という諸表がありますから、それを参考にしながら、付加価値を算出して下さい。
● 利益を出すためには、人件費をどう管理するのか?
先ほど、安全余裕率を高めるには、「固定費を下げる」という話をしましたが、あなたは、固定費の中で何が一番ウェイトが高いと思いますか?
これは、あえて聞くまでもないと思いますが、「人件費」です。
人件費というと、あなたは、給与、賞与、残業手当などの現金給与を思い浮かべると思います。
しかし、実際はこれだけではありません。
厚生年金や健康保険、労働保険などの社会保険の会社負担分、退職金やその積み立て分、慶弔見舞金、住宅手当などの法定外福利費なども人件費です。
また、教育訓練費や募集費、制服代といった間接的な給料も含めると、人件費としての会社負担額は、給料の約1.5倍にもなります。
この、固定費の中で最大のウェイトを占める「人件費」。
「人件費」を中心に経営を管理することは、起業家のみならず、経営者にとっては非常に大切なことです。
従業員の立場としては、人生の貴重な時間と能力を提供しているのですから、できるだけ多くの給料を望みます。
しかし、会社経営の観点から見ると、会社の安定的な発展のためには、労働力ばかりに付加価値を分散することは許されません。
従業員以外にも、地代家賃や支払利息、什器備品や消耗品、法人税といった分配先があります。
もちろん、将来のための内部留保も必要です。
付加価値(粗利益)をどう分配するかは、経営者にとっての最重要決定事項であるといえます。
この分配割合を求める指標を「労働分配率」といいます。
分子の「人件費」については、先ほど説明したように、現金給与だけでなく、間接的な給料もすべて含めます。
人件費=役員報酬+給与・賞与+退職金+法定福利費+福利厚生費+退職給与引当金+教育費等
分母の「付加価値」についても、先ほど説明したとおりです。
一般の商業の場合だと、売上総利益(売上高-売上原価)を使い、製造業やソフトウェア業などの製造原価や制作原価を把握する必要のある会社は、加工高(売上高-材料費-外注費)または限界利益(売上高-変動費)を使います。
付加価値 = ・一般の商業の場合
売上総利益(売上高-売上原価)
・製造業、建設業、ソフトウェア業の場合
加工費(売上高-材料費-外注費)
or
限界利益(売上高-変動費)
これも業種によって違いがありますが、合格ラインは50%以下です。
あまり低すぎると、従業員の働く意欲がなくなりますから、40%を目指して下さい。
労働分配率が50%を超えると「倒産予備軍」といえます。
これまで携わった再生企業の平均値は、60.3%です。
労働分配率は、50%以上になると黄色の注意信号が点滅し、60%以上で赤信号になり、70%以上で倒産です。
先ほど説明した安全余裕率の最低基準である10%を確保するためには、以下のようになります。
このように、経営においては、大枠で固定費の配分を考えておくことが、きわめて重要になります。
粗利益と固定費の関係、固定費の配分の大枠、そして粗利益のうちどれだけを経常利益で残すのか。
こうした、事業の全体像をイメージしながら経営を行うことが、ビジネスの原理原則です。
これなくして、会社の成長も存続もありえません。
この労働分配率は、会社の経営において必ず知っておかなくてはならない数字です。
この数字を基に、人件費総額や人員計画、あるいは売上予測や経費予測を決定することになります。
ここで、労働分配率を使った、いくつかの応用例を揚げてみます。
まずは、年間の人件費総額を計算します。
30万円×10人×1.5(社会保険等の負担分を見込みます)×12ヶ月=5,400万円
労働分配率50%ですから、この人件費をもとに必要粗利益を算出します。
5,400万円÷50%=1億800万円
粗利益率30%ですから、必要売上高は次のようになります。
1億800万円÷30%=3億6,000万円
おそらく、あなたが予想した以上の数字だったのではないでしょうか。
事業計画を立てる際にも、このような考え方を取り入れ、人員過剰にならないように注意することが必要です。
ここで注意しなくてはならないのは、総務や経理などの間接部門で仕事をする従業員のことです。
彼らは、どんなに優秀な仕事ぶりだとしても、直接お客さんから売上高を稼ぎ出すことはありません。
そのことを考慮して、営業マンがどれだけの売上を上げなくてはならないかを計算します。
一人の営業マンが増えるわけですから、営業マン4人に対して総務・経理が2人になります。
つまり、営業マンは、一人当たり、自分の分プラス0.5人分の給料として、1.5人分稼がなくてはなりません。
まず、この営業マンの実質給料負担額を算出します。
600万円×1.5(社会保険料の負担分)×1.5(間接部門負担分)=1,350万円
労働分配率50%ですから、この人件費をもとに必要粗利益率を計算します。
1,350万円÷50%=2,700万円
粗利益率30%ですから、必要売上高は次のようになります。
2,700万円÷30%=9,000万円
これもビックリされたのではないでしょうか。
営業マンに600万円の給料を支払うためには、売上を9,000万円増やしてもらわなければ、会社は正常に稼働しないのです。
まず、既存社員の人件費総額を算出します。
350万円×5人×4%アップ=1,820万円
目標とする労働分配率を計算します。
4,000万円×50%=2,000万円
最後にボーナス原資を計算します。
2,000万円-1,820万円=180万円
社員は5人ですので、一人当たり36万円のボーナスの支給が可能となります。
これを基準に、各社員への適正な配分は、業績考課に応じて行うものとします。
まず、4時間でいくらの人件費がかかったかを計算します。
(20万円+30万円+40万円)×1.5(社会保険等負担分)×1.67(間接部門負担分)
=225万円
225万円÷180時間×4時間=5万円
4時間で5万円の人件費がかかったわけですから、この人件費を稼ぐための粗利益は
次のようになります。
5万円×50%=10万円
粗利益率30%ですから、この会議費用を稼ぐための必要売上高は以下のとおりです。
10万円÷30%=33万3,000円
あなたは、何も考えないで、気軽に会議を開いていませんか。
営業会議ならまだしも、社長のくだらない自慢話のミーティングくらいムダなものはありません。
こうした不必要な会議が、いつの間にか固定費を押し上げ、利益を蝕んでいることを理解してほしいと思います。
このように労働分配率は、会社のコスト管理においては欠かせない指標です。
人件費と時間コストから、必要売上高を意識できる計数感覚を、経営者はもとより、社員全員に浸透させることが大切です。
起業家のように事業規模が小さいうちは、経営者と従業員の目指すべき方向が一致していることが必須条件です。
利益が上がればどれだけの金額が還元され、最低限どれだけ売り上げなくては会社は立ち行かないのかを従業員が知ることは、彼らに明確な目標を持たせることになります。
ひいては、それが従業員のモチベーションのアップにもつながります。
起業家の初期段階においては、少数精鋭ながら全員が能率の高い仕事をすることで、会社は成長します。
当たり前のことのように思えるかもしれませんが、お金に関することは、いくら口で道徳的なことを言っても納得してもらえません。
数字を使って、納得してもらうしかないのです。
これは、私のこれまでの企業再生業務で得た一つの結論です。