どうすれば会社の未来を予測できるのか~あなたは事業の将来を数値化できるか~
● 数字に強くなければ生き残れない
あなたは、経営者にとって最も必要な資質は何だと思われますか?
情熱、やる気、根性といった精神的なものや、想像力、企画力、営業力といった能力的なものなど、さまざまな資質が頭に浮かぶと思います。
しかし、実際に起業されている方はお分かりになると思いますが、情熱や根性といったものは、あって当たり前の要素であり、これすらないようでは起業などという大それたことは考えるべきではありません。
また、想像力や営業力といった能力も確かに重要ですが、これらは、多分に先天的な要素を含んでおり、一朝一夕に身につくものではありません。
ここに、日本の上場企業の中でもトップに位置する優良企業の経営者の方々にアンケートした調査結果があります。
それによると、「経営者にとって重要な資質」のベスト3は以下のようになっています。
1位 先見性
2位 リーダーシップ
3位 決断力
さすが日本を代表する経営者の面々です。
私もこの意見にはまったく同感ですし、これら3つの資質の重要性は、経営を長く続ければ続けるほど実感として感じることができるようになるものばかりです。
しかし、あなたは思われたかもしれません。
これら3つの要素は、どれも生まれもって身についているものであり、トレーニングによって鍛えることは不可能ではないかと。
確かに、どの要素も先天的なものであり、もし既に持っているのなら、これまでの人生で周りからそれなりの評価を得ているはずのものばかりです。
では、才能の無い人間は、いくら努力しても、優秀な経営者になることは出来ないのか?
いいえ、決してそんなことはありません。
実は、これらの中で一つだけ、知識と訓練を重ねることにより、見違えるようにその資質を開花させることのできるものがあります。
それが、「先見性」です。
一般に、先見性とは、先を見通し予測する力のことを指しますが、こと経営においては、「将来どれだけ儲かるかを数字として示せる能力」のことを言います。
いくら生まれつきカンが鋭いからといって、何百回、何千回という経営判断を必要とする場面で、全て正解を選択できるはずがありません。
たった一度の判断ミスが、会社の倒産に繋がるのがビジネスの世界です。
やはり、そこには、明確な判断基準が必要になります。
私はこれまで数多くの会社と経営者を見てきました。
その中で確実に言えることが一つあります。
それは、「数字に弱い経営者の会社は必ず不幸になる」ということです。
これまで1,000社以上の会社の経営を見てきましたが、この原則にハズれた会社は、ただの一社もありません。
こういう話をすると、あなたは、「じゃあ、決算書が読めるように勉強しよう」と思うかもしれませんが、私が言いたいことはそういうことではありません。
経営において、「数字に強い」とは、決算書が作れたり、読めたりすることではないのです。
もしそうであるなら、税理士や会計士、銀行員がビジネスを始めたら、絶対に儲かるということになってしまいます。
もちろん、そんなわけがありません。
ポイントは、「将来の事業を数値化できるか」ということです。
確かに、決算書ぐらい読めないようでは、会社の現状を掴むことできませんし、競合他社との比較もできません。
その意味では、「決算書の読み方」を知ることは、数字を学ぶ第一歩と言えます。
けれど、経営において重要なのはその次のステップです。
将来を予測し、ネックとなる要因を改善することです。
決算書に表されるものは、「過去」に過ぎません。
「どうやって儲けたか」を知ることはできても、「将来どうなるか」までは直接的には教えてくれません。
ここでは、そうした「決算書の限界」を踏まえた上で、次のステップに進むために必要な知識とノウハウをお伝えします。
書店に行けば、数字の「先生」の立場から書かれた経営分析の本がたくさん並んでいます。
それを読めば、確かに会社の現状は把握できると思います。
しかし、経営者が本当に知りたいことは分かりません。
「なぜ赤字になったのか」「その原因はどこにあるのか」「どこをどう改善すれば良いのか」
こうしたことは、決算書をいくら眺めてみたところで解答など浮かんできません。
また、新商品開発、設備投資、人材雇用といった会社の政策を判断する場合においても、数字力が必要になります。
「実施するとどうなるのか」「結果としてどんな数字になるのか」
こうしたことを前もって予測できないまま実施したとしても、いつか必ず不幸が訪れます。
「未来を数字化して予測する」
これこそが、経営者に最も必要とされる資質、「先見性」なのです。
● 実行は大切だが、計画はもっと重要
未来の儲けを予測し、数値化できる力は、経営者にとって最も重要な資質といえます。
しかし、実際には、この力を身に付けている経営者はめったにいません。
起業された方であれば一度は経験があるはずです。
「さあ、事業を開始しよう」と思ったのはいいけれど、具体的に何をどうすれば良いのか分からない。
夢やアイデアはあるのだが、それをどうすればビジネスに落とし込めるのかが皆目見当がつかない。
実際に始めるとなると、やる気や根性以外の要素の必要性をしみじみ感じる一瞬です。
例えば、新商品を開発するとします。
まず考えなくてはならないのは、その商品が「いくらの単価でどれだけ売れるのか」を予測することです。
これが、すべての出発点となる「売上予測」です。
次に考えるべきは、「どんなコストがどれだけかかるのか」ということです。
商品の仕入コストはもちろんですが、流通コストや広告宣伝コスト、人件費や販売費といった、事前段階では思いもしなかったコストが実際には生じるものです。
私の経験からいうと、たいてい、予定していた予算の2倍は実際に必要となります。
そして、このコストの見積もりを正確に行うことによって、はじめて「利益」を計算することができるのです。
人生であれ、経営であれ、将来のことは誰にも分かりません。
自分の人生であれば、「何とかなるさ」と楽観的に生きるのも個人の責任ですから構わないとは思いますが、経営者が「何とかなるさ」で意思決定されたのでは社員はたまりません。
「考えるだけで実行しない」のは論外ですが、経営者であるなら、「とりあえずやってみる」前に、「やったらどうなるか」を考えるべきです。
そのシミュレーションをやるためには、最低限の知識を必要とします。
そして、その知識を駆使し、未来を予測するのが「先見性」なのです。
● 経営データから何が読み取れるか
「営業利益1,000万円」
あなたはこの数字を見て、会社の内情をどこまで読み取ることができますか?
長年経営に携わり、数字に強い経営者であれば、この数字からいろいろな可能性を思い浮かべることと思います。
そして、その可能性を検証するため、ピンポイントで必要なデータを取り出し、一つ一つをチェックしていくはずです。
前期との比較は当然のこととして、経常収支比率を計算して、売掛金や在庫の水増しの可能性はないかどうか。
売上債権回転期間をチェックして、回収サイトが以上に延びている上に、粗利益率が改善されていたとしたら、かなりヤバイ状況だといえます。
粗利益率が向上したと喜んでいる経営者に比べて、その差は比較にならないほどです。
データの数字自体は、誰の目にも同じに映る客観的な存在です。
しかし、データの読み取り能力は人によって全く違うのです。
少ないデータから多くの意味を読み取れる人もいれば、いくら多くのデータを見ても何も読み取れない人もいます。
そして、この差が会社の将来を決定づけます。
経営者にとって重要なことは、「データの読み取り能力」を高めることです。
どんなデータを検証し、そこから何を予測できるかは、経営判断をする上で欠くべからざる能力といえます。
しかし、この「データ読み取り能力」を高めるためには、本来の決算書データをそのまま読み取る能力を身に付けたとしても不十分です。
なぜなら、決算書自体には、将来の儲けに必要な大切な情報が抜け落ちているからです。
それは何なのか?なぜ決算書だけではダメなのか?
そのあたりのことを次から解説していくことにします。
売上とコストの大原則を知ろう
● これが決算書の限界だ!
A社の損益計算書(単位:万円)
上図の損益計算書は、メーカーであるA社のもので、赤字になっています。
A社の社長は、何らかの手を打たなくてはなりません。
もしあなたなら、どんな方法で黒字化を考えますか?
この損益計算書から、何を読み取り、どんな行動をとるべきですか?
黒字化に向けて、まずあなたがなすべきこと。
それは、赤字の原因究明です。
原因が分からなければ、改善することはできません。
これは、私がこれまで企業再生業務で使ってきた手法ですが、メーカーのようにいくつかの商品を扱っていて赤字の場合、まず最初は「どの商品が赤字の原因なのか」を掴むことが手がかりになります。
赤字商品が見つかれば、そのコスト構造を見直すか、場合によっては、その商品自体の販売を止めてしまうことによって黒字化を達成できるかもしれません。
さて、ここであなたは悩んでしまうはずです。
赤字商品を探そうと、いくら上図をにらんだところで、何も分かりません。
どの商品が赤字なのか、その大事な情報は、この損益計算書からは得ることができないのです。
では、どうすれば良いのでしょうか?
答えは、製品別の損益計算書を作成するということです。
これを作ることにより、赤字の原因が究明されます。
上図の製品別損益計算書によって、赤字の犯人が分かりました。
製品BとCです。
つまり、会社の儲けはすべて製品Aから生み出されており、その儲けをBとCが食いつぶしているという構図だったのです。
しかし、製品BとCは、同じ赤字でも少し性質が違います。
Bは売上総利益の段階ですでに赤字ですが、Cは売上総利益で黒字にもかかわらず、多額の販管費の支払により営業赤字になっています。
したがって、製品BとCでは、異なる手法により黒字化を目指す必要があるということです。
なお、今回のケースでは製品別に損益計算書を作成しましたが、もちろんあなたの会社の業態に合わせて作成してもらえば結構です。
店舗別、事業部別、営業マン別など、さまざまな作成方法があります。
要は、利益を生み出すプロセスを明確化するということです。
製品別の損益計算書を作成することは、会社の将来を改善する第一歩となります。
これがなくては原因を究明することはできませんので、当たり前のことと言えます。
しかし、逆に言えば、これは第一歩に過ぎません。
大切なのは、ここから先です。
どの製品にどのような戦略を投じれば良いのかの判断が、あなたの会社の将来を決定します。
そのためには、すべてのビジネスに共通する、「売上とコストの間にある法則性」を知る必要があります。
この法則性を理解することが、経営者の最も重要な資質である「先見性」を身に付ける、大いなる第一歩となるのです。
● 売上げとコストの大原則とは?
A社の会社全体の赤字を解消するためには、製品別に検討する必要があります。
会社全体の予測を行うためには、製品別の予測ができなくてはなりません。
ここで注意してもらいたいのは、「製品別にコスト構造は異なる」ということです。
これは次のセクションで説明しますが、ビジネスというものは、業種・業態により、全てコスト構造が異なります。
それぞれの特徴に合わせた戦略を打つことが、勝利への鍵となります。
それと同様に、同じ会社であっても、各製品、各店舗、各部署ごとにコスト構造は違うのです。
それぞれのコスト構造に最適な改善を行うことがポイントになります。
その特徴と改善策については、次のセクション以下で説明しますが、ここではまず、売上とコストの大原則について知ってもらいます。
下の図を見て下さい。
あなたは、A社の製品Cの売上を20%アップするという計画を立てたとします。
この売上が達成された場合、営業利益はいくらになると予想されるでしょうか?
営業利益を予測するためには、コストの見積りが必要です。
売上とコストの間に何らかの法則性が存在するのであれば、コストの見積りは容易に計算できるはずです。
ここで、売上とコストの大原則を紹介します。
言われてみれば、当たり前の単純な式ですが、これがこのカテゴリーにおいて最も基本となる算式です。
基本であるとともに、これほど奥の深い公式もありません。
あなたもこれから長い経営者人生を歩まれると思いますが、おそらく何度もこの公式に立ち戻られることになると思います。
あなたはもしかして、この公式をA-B=Cという引き算だと考えていませんか?
もし、その程度の認識しかないのであれば、ただちに改める必要があります。
なぜなら、「売上」と「コスト」は、別々の存在ではないからです。
コストは大きく分けて2種類あります。
「売上の増加に伴うコスト」と「売上に関係なく一定額生じるコスト」です。
前者を「変動費」といい、後者を「固定費」といいます。
売上とコストの法則性を知る上で、まず最初にやるべきことは、コストを2種類に分けて整理することです。
これなくしては、ここから先の説明は理解できません。
なお、「変動費」と「固定費」の考え方については、「損益分岐点」のカテゴリーも参照して下さい。
より理解が深まることと思います。
コストと変動費と固定費に分割して考える
● 会社は2つのタイプに分けられる
先日の新聞で、日本航空の平成18年4月~12月期の連結決算が、前年同期より赤字幅が50億円拡大し、営業赤字58億円になったという発表がありました。
日本航空は、経営再建に向け、3,000人の人員削減や人件費500億円カットなどのリストラ策をまとめた中期経営計画を提出しました。
ここ数年、航空会社は非常に厳しい経営環境が続いています。
同時多発テロから始まった政情不安とテロの増加、それに加えてSARSや鳥インフルエンザの発生、そして原油高。
全日空は見事に再生を果たしましたが、国際線比率の高い日本航空の再建は厳しいものになると予想されます。
これは日本航空に限ったことではありません。
世界中の航空会社で、売上の減少により経営破綻に陥る会社が数多く出てきたのです。
こうした会社は、中間決算発表と同時に業績の下方修正を行っています。
売上が数%減少しただけで、赤字幅は倍以上に拡大しています。
なぜ、航空会社は業績予想が狂いやすいのでしょうか?
また、なぜ、売上の減少に伴って、これほどまでに利益が落ち込んでしまうのでしょうか?
もちろん、業績予想が下手なわけではありません。
それは、航空会社という業種そのもののコスト構造に、その要因があるのです。
ここで前のセクションの公式を思い出してください。
もし仮に、売上が予想より下がったとしても、それに比例してコストも下げられるのなら、利益は当初の予定通りになるはずです。
けれど、売上が減ったのに、コストが全く下がらなかったとしたら…。
当然、利益は大幅に下がってしまうことになります。
先ほど、コストには、売上に伴って増減する「変動費」と、売上に関係なく一定額生じる「固定費」があるといいました。
もうお分かりだと思いますが、航空会社は、コストの中で「固定費」の占める割合が圧倒的に大きい会社なのです。
航空会社のコストの大半は、パイロット・スチュワーデスなどの人件費、飛行機の整備、減価償却費、燃料費などです。
これは、たとえ飛行機の中に一人しか乗客がいなかったとしても、同じ金額だけかかります。
売上に比例してかかるコストは、機内食くらいのものです。
会社には、大きく分けて、「変動費型」と「固定費型」の二つのタイプがあります。
「変動費型」の会社には、販売するために必ず仕入コストがかかる流通業、製造コストの大きい自動車メーカーなどがあります。
「固定費型」の会社には、設備コストや人件費の大きいホテル業、人件費の比率の大きいIT、音楽といったコンテンツ制作業やサービス業があります。
上の図を見て下さい。
これは、「変動費型」の会社と「固定費型」の会社、それぞれのタイプを図にしたものです。
(図の見方については、「損益分岐点」のカテゴリーを参照して下さい)
ここで注意して見てもらいたいのは、色のついている部分です。
赤は「損失」、青は「利益」です。
「固定費型」タイプは、「変動費型」タイプに比べて、色のついている三角形の面積が大きくなっています。
これは何を意味するのでしょうか?
固定費型タイプは、売上が上がったときの利益が大きく、逆に売上が下がったときの損失も大きくなります。
つまり、変動費型に比べて、固定費型タイプの会社は、ハイリスク・ハイリターンだということです。
売上に比例する変動費が少ないため、売上が増えたからといって、比例して増えるコストがあまりありません。
だから、売上の増加は大きな利益をもたらすのです。
反対に、売上の減少は大きな損失になります。
だから、航空会社のように固定費型タイプの会社は、売上が少し予想を下回っただけで、大きな減益要因となってしまうのです。
これが、航空会社が業績予想の修正が大きくなる原因です。
むしろこれは宿命的だといえます。
● 利益の予想はコストを分解して考える
売上とコストの予想は、まず売上の予測から始まり、次にコストの予測という順序で行われます。
この場合、数字の予測を行う上で最も難しいことは何か?
それは間違いなく、売上の予測です。
売上予測とは、顧客の心理と行動を予測することですので、そう簡単にできることではありません。
書店に並ぶマーケティングの本の多くは、心理学を応用した人間行動の論理に終始しています。
それ自体は決して間違ったものではありませんが、ここでは「数字を使う」という、従来とは別の角度から、マーケティングというものに焦点を当てて解説してみます。
将来の売上をピンポイントで予測するのが不可能であるなら、まずはある程度の幅を持って予測すべきです。
つまり、売上をひとつだけではなく、複数パターン用意するのです。
まずは楽観的な売上(最高)、そして悲観的な売上(最低)そして最後にその中間として普通に予測される売上(中間)の3つのパターンを予測します。
そして、それぞれについてコストを予想します。
コスト予想については、変動費と固定費の2つに分けて予測します。
これまで説明してきたように、会社の「売上」と「利益」の法則性をつかむためには、コストを「変動費」と「固定費」に分けることが必要になります。
これによって初めて来年の儲けを予測することが可能になるのです。
変動費と固定費の決算書状のイメージを掴むために、まず下の図を見て下さい。
あなたの会社の損益計算書で、コストと呼ばれるものは、「売上原価」と「販管費」の合計です。
しかし、これらの中には、「変動費」と「固定費」が混じり合っています。
ですので、まずは、売上原価と販管費という二つのコストを変動費と固定費に分解することがポイントです。
こうして分解された損益計算書を「変動損益計算書」と呼びます。
変動損益計算書は、経営者が経営戦略を立てる上でなくてはならないものです。
これが、全ての経営戦略の羅針盤となるのです。
しかし、悲しいかな、変動損益計算書まで作成してくれる税理士はめったにいません。
なぜなら、この計算書は税務申告に必要ないからです。
もちろん、私のところでは必ず作成していますが、実際の現場の経営を知らない税理士には、それほど重要なものだという認識がなくても仕方がない部分もあります。
変動損益計算書については、「損益分岐点」のカテゴリーで、誰でも簡単に作れるソフトを用意していますので、そちらを利用して頂けたらと思います。
変動損益計算書で、売上高から変動費を差し引いたものを「限界利益」と呼びます。
製造業や内装工事業といった特殊な業態でない限りは、「売上原価」=「変動費」、「販管費」=「固定費」となります。
つまり、「売上総利益」=「限界利益」ということです。
この場合、売上総利益のことを「粗利益」ともいいますので、「限界利益」は「粗利益」とほぼ一致します。
特殊な業態についての限界利益の考え方についいては、「損益分岐点」のカテゴリーで解説していますので、そちらを参照して下さい。
この「限界利益」という概念は、会社の利益を考える上で絶対にはずすことのできない数字です。
これを理解しない限り、どんな戦略も立てることはできません。
ここまでで、コストについての基本的な説明は終わりました。
次のセクションでは、損益計算書の一番上にある「売上高」について、「単価」と「数量」に分解して考えていきます。
こうした単価と数量をめぐる経営戦略は、ブランド戦略や低価格戦略として位置づけられます。
しかし、こうした戦略は、マーケティングの面から語られることが多いため、数字の面から分析されることはあまりありません。
ですので、ここでは、数字面から、売上をめぐる単価と数量の経営戦略を述べてみることにします。
売上を単価と数量に分解して考える
● 売上の大原則を知ろう
売上高は、販売単価と販売数量の掛け算によって決まります。
掛け算によって決まるわけですから、単価と数量の両方を高くできれば売上は一気にアップします。
しかし、実際のビジネスでは、そんな理想どおりにはいきませんので、どちらかを高くする戦略を打つことになります。
単価を高くする戦略を「ブランド戦略」、数量を多くする戦略を「低価格戦略」と呼びます。
単価と数量、どちらかを犠牲にすることにより、残った要素を高め、儲けを増やすわけです。
ここでのポイントは、バランスです。
中途半端は良くありませんが、どちらの戦略をとるにしても、犠牲にした方の落ち込みが激しすぎると効果はありません。
当たり前のことのように思えるかもしれませんが、意外とこの原則が守られている会社は少ないのです。
特に、経験の少ない起業家にその傾向が見受けられます。
この商品・サービスにはそれだけの価値があると勝手に思い込み、細々とした数量を売っていたり、競合他社の低価格戦略に負けたくない一心で単価を落とし、勝てるはずのない泥沼にはまっている会社はたくさん存在します。
あなたも経営をされているのであれば、この「単価」と「数量」のバランスが重要だということは何となく理解されていると思います。
けれど、何となくではダメなのです。
価格戦略によって予想される結果を、キチンと数字でつかむことが大切なのです。
次のセクションでは、低価格戦略とブランド戦略の二つの手法をシュミレーションすることにより、その結果を検証してみることにします。
● 低価格戦略はこんなに難しい
ブランド戦略と低価格戦略のうち、大半の会社では低価格戦略が採られています。
おそらく、あなたの会社もそうではないでしょうか。
しかし、あなたも、好き好んで低価格戦略を採っているわけではないはずです。
競合他社が値下げしてくるので、仕方なくそうせざるを得ないというのが実態ではないでしょうか。
けれど、多くの競合他社が値下げする中で、あなたの会社も値段を下げたからといって、なかなか販売数量は増えません。
なぜなら、そうした価格競争の中では、お客さんは、「安くて当たり前」という感覚になってしまっているからです。
これでは、いつまでたっても、あなたの商品が売れることはありません。
ここで問題を出します。
A社の製品Aの会計データをコスト分解したのが下の図です。
現在の製品Aの単価は10,000円であり、3,000個売れることにより売上高3,000万円となっています。
そして、この製品Aの変動費は、一個あたり6,000円であるとします。
私は、講演などでよくこの質問をするのですが、最も多い答えは、
「単価を20%下げるのだから、販売数量も20%増えれば同じ儲けになる」というものです。
現在3,000個売れているということは、600個増えれば同じ儲けになるということです。
残念ながら、この答えは全く違います。
正解は3,000個です。
つまり、現在の数量の倍である6,000個売れて、初めて以前と同じ儲けになるのです。
間違えた人の多くは、売上だけに気をとられ、変動費の存在を忘れています。
低価格戦略の場合、単価を下げて数量を上げたとしても、数量の増加分については、新たに変動費が発生するのです。
信じられないかもしれませんが、20%値下げするだけで、現在の販売数量3,000個を6,000個に倍増させて、やっとトントンの儲けになるのです。
この事実を知ると、低価格戦略を成功させるのはかなりキビシイことがお分かり頂けると思います。
おそらく、起業家のほとんどの人は、この事実をご存じないと思います。
だからこそ、世間では安易な値下げが横行しているのです。
値下げのシミュレーションを図式化したのが下の表です。
■値下げにより何%の販売数量をアップしなければならないか
製品Aの場合、売上に対する変動比率は60%です。(6,000÷10,000)
変動比率60%の列と値下げ率20%の列が交差するところを見て下さい。
100%になっています。
つまり、値下げ前より100%販売数量を増やすことにより、やっとトントンになるということです。
すなわち、販売数量を倍増しなくてはならないという意味です。
現在、大手電機メーカーでは、ほとんどの会社で思うように利益を上げることができません。
なぜなら、各社とも、製品のITシフトが進んでいるからです。
パソコンやデジカメ、薄型テレビといった、いわゆるIT関連商品の売上比率が高まっています。
このIT商品には、技術革新によって単価が下がりやすいという特徴があります。
IT商品はライフサイクルがとても短く、市場に次から次へと新商品が投入され、旧製品の値崩れが起こります。
あっという間に10%や20%は値段が下がります。
この値下げをカバーするだけの販売数量を増加させるのは、並たいていの努力では難しいのです。
あなたの扱っている商品を今一度考えてみて下さい。
たとえ現在儲かっているとしても、それはなぜなのか。
その状態は、いったいいつまで続くのか。
経営者であるなら、非常事態になる前に手を打つべきです。
改革なしに永遠に続くビジネスなど、この世に存在しないのですから。
● ブランド戦略はこんなにも有利
低価格戦略の逆である、ブランド戦略について考えてみます。
前回同様、製品Aを20%値上げするとします。
20%の値上げというとかなりの覚悟が必要です。
当然、以前よりも販売数量は減少するものと予想されますが、さて、どれだけ減少したらトントンになるでしょうか?
製品Aの変動費(一個あたり6,000円)は変わりませんので、値上げによって一個あたりの限界利益は6,000円になります。
(10,000円×120%)-6,000円=6,000円
値上げ前と同じ限界利益1,200万円を稼ぐためには、2,000個売ればいいことになります。
1,200万円÷6,000円=2,000個
元の販売数量3,000個から1,000個減少して2,000個になったとしても、儲けはトントンです。
これは、販売数量の減少に伴って、変動費が減少することによる効果です。
このように、売上を単価と数量に分けて数字で分析すると、値上げや高価格の有利さがお分かり頂けると思います。
日本では、バブル崩壊後から、値下げの嵐が吹き荒れました。
大企業から中小企業に至るまで、いやおうなく値下げの波に飲み込まれました。
こうした風潮に対抗して、積極的に高い価格で売っていこうという会社はホンの一握りです。
しかし、そうした会社が、現在勝ち組になっているというのも事実です。
こうした会社は、社員に活気があります。
なぜなら、値上げする会社は、自分の商品に自信を持っているからです。
逆に値下げを繰り返している会社では、社員が自分の商品に自信を持てなくなります。
競合他社に合わせてズルズル値下げする会社では、社員の士気は確実に下がっていきます。
価格決定は、経営者の仕事の中でも最も重要な意思決定です。
価格をどう設定するかによって、その会社のスタンスが決まります。
起業家であるあなたは、まずは高価格を意識することから始めることが大切です。
最初はどうしても弱気になるものです。
「新規客を開拓するのだから仕方ない」と考えるかもしれません。
しかし、最初に安い価格で始めた仕事を、あとになって値上げすることはほとんど不可能です。
最初の価格を安く設定することは、自分のクビを自分で絞める行為なのです。
ブランド戦略のもう一つの効果は、「頭を使う」ようになるということです。
これが最大のメリットといえます。
流れに逆らい値上げするのですから、お客さんに対し、それだけのアピールポイントがなくてはなりません。
そのため、経営者であるあなたはもちろんのこと、社員も、「他社との差別化」や「商品・サービスの付加価値」を考えるようになります。
これが、会社を大きく成長させます。
価格に支配されるのではなく、自ら価格を支配してこそ、会社の未来が拓かれ、社員も活気づくのだということを肝に銘じておくことが大切なのです。
低価格戦略でライバルを出し抜く成功法則
● 値下げを成功に導く2つの絶対条件
これまでは、低価格戦略の難しさと、ブランド戦略の有利さを説明しました。
しかし、業種・業態によっては、いくら高価格が有利だと分かっていても、なかなか戦略的に難しいケースもあります。
ここでは、そうした会社のために、これまでの一般論からもう一歩踏み込んだ、戦略的に行う低価格戦略について説明します。
これは、やむを得ず行う後ろ向きな値下げではなく、ライバルを攻め、儲けを奪う前向きな値下げです。
値下げによって儲けを増やすためには、どんな戦略が必要なのか。
そのための絶対条件とは何か。
低価格戦略の成功法則を、事例を挙げて解説してみます。
値下げの象徴的な会社といえば、やはりマクドナルドだと思います。
今から10年以上前になりますが、当時マクドナルドは210円だったハンバーガーを半額以下の100円に値下げしました。
この値下げは、大きなニュースとして取りあげられ、他の外食産業にも飛び火したため、一気に価格競争が激化しました。
下の円グラフは、マクドナルドの値下げ前のハンバーガーについて、コストと利益の関係を示したものです。
210円のハンバーガーを1個売って13円の儲け。
決して高いとは言えない利益率です。
数字に弱い経営者であれば、この利益率の低さからは、「値下げ」という戦略は思いつかなかったと思います。
しかし、マクドナルドは、100円という半額以下の値下げを実施しました。
直感的に考えれば、利益は1円前後になるはずです。
なぜマクドナルドは、価格を半額以下にしたにもかかわらず利益を上げることができたのか。
それを可能にした秘密は、この円グラフの数字の中に隠されています。
あなたは、その秘密が分かりますか?
では、これから、マクドナルドの低価格戦略の秘密を解き明かしてみることにします。
まずは、この円グラフの中にある種々のコストを、変動費と固定費という視点から分類し直してみて下さい。
パン代・肉代といった原材料費は明らかに変動費ですが、その他のコストは、ほとんどが固定費です。
このように分類してみると、ハンバーガーという商品は、変動費よりも固定費の比率の高い商品であるといえます。
どんな商品であれ、変動費以下の価格で販売することはありえません。
それでは、売れば売るほど損失が増えてしまうことになります。
逆に言えば、変動比率が低い商品ほど、値下げの幅があるということです。
この「商品の変動比率が低いこと」というのは、値下げが可能かどうかを判断する最初の条件です。
しかし、これだけで低価格戦略が成功するわけではありません。
変動比率が低いということは、あくまで低価格戦略が可能かどうかの目安に過ぎません。
実は、もう一つの条件をクリアする必要があります。
それは、「値下げによって販売数量が大幅に増加する」ということです。
事実、マクドナルドがハンバーガーを100円で販売を開始した時、販売数量は劇的に増加しました。
商品の性質上、「100円なら気軽に食べられる」ということで、一日何個も食べる人たちが現れました。
また、これまでハンバーガーに興味を示さなかった年齢層までもが、小腹がすいた時に利用するようになりました。
多くの人達がハンバーガーを食べたからといって、コスト面では変動費が増えるだけで、固定費は増えません。
ここで、前のセクションでお話した、「固定費型」タイプの損益分岐点図表を思い出して下さい。
あの図表では、損益分岐点を超えた時点から、加速度的に利益が増大していたはずです。
つまり、ハンバーガーは固定費型タイプの商品であり、マクドナルドはその利点に目をつけたのです。
100円バーガーの成功によって、マクドナルドのコスト・利益の円グラフは大きく変貌を遂げます。
それが下の図です。
210円で売っても100円で売っても、原材料費は同じですから、一個当たりの変動費は変わりません。
しかし、販売数量が劇的に増加したことで、一個当たりの固定費は大幅に圧縮されていることが分かります。
一個あたりの固定費というものは、固定費÷販売数量でもとめられますから、売れれば売れるほどその割合は小さくなるワケです。
最後に低価格戦略の成功法則をまとめてみます。
①変動費の割合が低いこと(固定費型タイプであること)
②値下げによって販売数量が大幅に増加すること
● 固定費を一個当たりの単位で考えることの重要性
この質問に、即座に「1,000円!」と答えるようでは、まだまだ経営者として半人前だと言わざるを得ません。
先ほどの円グラフを思い出して下さい。
100円ハンバーガーのコストの内、固定費の部分が異様に小さくなっていたはずです。
なぜこのような現象が起きるのでしょうか?
この円グラフは、とても大切なことをあなたに教えてくれます。
このグラフの中身が読めるかどうかが、会社の利益を左右する重要な分岐点であるといっても過言ではありません。
この円グラフは、「商品1個当たり」のコスト・利益を表したものです。
問題となるのは「固定費」です。
「売上」や「変動費」というものは、「1個当たり」の単価に数量を掛けて計算されますが、「固定費」は数量とは無関係に計算されるコストです。
つまり、この円グラフの「固定費」とは、会社全体でかかった固定費を、無理やり販売数量で割って、「1個当たりの固定費」を産出したものなのです。
では、ここで、先ほどの問題に戻ります。
ここでいう「原価」とは、「1個当たりの変動費」と「1個当たりの固定費」を足した金額のはずです。
例えば、1個当たりの変動費が6千円で、固定費が4千円だとします。
この1万円の原価を構成する「1個当たりの固定費4千円」という数字に注意して下さい。
この4千円という金額は、「全体の固定費を販売数量で割ったら、たまたま4千円になった」という結果に過ぎないのです。
固定費というものは、この商品を売ろうが売るまいが、必ず会社が払わなくてはなりません。
つまり、原価が1万円かかっているなら、9千円で売ると損をするという考えは、誤った経営判断といえます。
この商品の変動費が6千円ということは、9千円で売ることによって、3千円の限界利益が得られます。
損失を怖れてこのまま売らないよりは、3千円の限界利益を獲得し、それを固定費の回収に回したほうが会社にとってはプラスになるのです。
私が前のセクションで、「限界利益」という概念は、経営者にとって必ず身につけるべき考え方だといった理由はここにあります。
これを理解せずして、将来の経営戦略など立案できるはずがありません。
また、これも以前述べましたが、「売上-コスト=利益」の算式を引き算で考えてはならないということです。
確かに引き算で考えると、答えは「1,000円の損」ということになりますが、こと経営においてはそれが正解ではありません。
経営には、こうしたチョットした知識がないばかりに、取り返しのつかない事態を招くことが多々あります。
このサイトでは、起業家が必ず知っておくべき知識やノウハウについてお伝えするいつもりですので、ただの一つも消化不良にならないよう、しっかりと勉強してもらえたらと思います。
● 低価格戦略のケーススタディ
ここでは、このセクションのおさらいをかねて、さまざまな業界で見られる低価格戦略について検証してみます。
①音楽業界のケース
音楽CDを制作・販売する音楽業界も「固定費型」ビジネスです。
CD一枚の変動費は、コピー代やケース代・説明書代くらいです。
あとは、アーティストに支払う印税くらいでしょうか。
これは①の条件をクリアしており、十分な値下げが可能です。
では次に②の条件です。
あなたは、自分に興味のないアーティストのCDや映画のDVDが値下げしたからといって購入しますか?
また、自分の好きなアーティストのアルバムが半額になったからといって二枚買いますか?
そんなことはないと思います。
こうした商品は、欲しい人は高くても買いますし、いらない人は安くても買わないのではないでしょうか。
こういうケースでは売り方を考えなくてはなりません。
単純に値引きするのではなく、値引きと同等のお得感を演出することが重要になります。
関連商品をサービスしたり、コンサート・ライブなどの招待状と絡めるのも一つの方法です。
②コンタクトレンズメーカーのケース
コンタクトレンズの製造原価は数百円です。
それは何万円もの価格で売っているわけですから、かなりの限界利益があるはずです。
もちろん、このビジネスはそんなにおいしいものではありません。
製造コストは安いかもしれませんが、それにかかる研究開発は膨大なコストを必要とします。
つまり、コンタクトレンズビジネスは、典型的な「固定費型」ビジネスと言えます。
これで、①の条件はクリアしていることがお分かり頂けたと思いますが、問題は②の条件です。
値下げによって販売数量が大幅に増加するのでしょうか?
普通に考えれば、先ほどの音楽CDよりも苦戦すると思われます。
もともとが高価ですから、それを20%オフしたからといって買おうという気も起こらないでしょうし、コンタクトレンズが片目に2枚あってもあまり意味がありません。
会社にとっては、値下げした分、確実に販売数量が激増しない限りは、低価格戦略を打つ意味がありません。
そこでコンタクトレンズ会社はこう考えました。
値下げしても販売数量が増えないのであれば、こちらから、販売数量が増える仕組みを作れば良いのではないか。
こうした戦略で売り出されたのが、「使い捨てコンタクトレンズ」です。
そして彼らレンズメーカーは、低価格のコンタクトレンズを大量に購入してもらうため、一つのキーワードを提示しました。
それが、「健康・安全」です。
これまでの売り方を変更し、「目の健康と安全のために、毎月コンタクトレンズを取り替えましょう」という切り口でセールスしたのです。
そのためには安くなくてはなりませんので、「あなた方のためにこんなに破格値にしました」というわけです。
これは、実にうまく考えられた戦略といえます。
消費者は、本来、「健康」「安全」といった言葉に弱いものです。
ですから、「使い捨て」が目に良いとなれば、心も動かされます。
消費者にとってのメリットを提供することにより、単純に値下げして、お客さんからの不信感を持たれることなく成功した、マーケティングのお手本のような戦略です。
この使い捨てコンタクトの例でも分かるように、ビジネスの真髄は「基本」の中にあります。
決して、誰も思いつかないような画期的なアイデアにより会社が成立するわけではないのです。
まずは、儲けを生み出す仕組みを知ること。
そして、その基本にもとづいて戦略を立てることです。
この方法が、最も効率良く、確実に利益を生み出す手法なのです。
値下げを余儀なくされた場合の対処法
● 変動費を下げて限界利益率を高める
ビジネスを長くやっていると、さまざまな苦難が降りかかってきます。
その中でも多いのは、市場の変化により、販売価格の下落を余儀なくされることではないでしょうか。
こうした場合、どういう手を打てば良いのか、経営者であれば頭を悩ますこところだと思います。
ここでは、そうした経営者のために、値下げ戦争をどう乗り切れば良いのかのヒントをお伝えしたいと思います。
変動費を引き下げる手法は後で説明するとして、まずは、変動費をいくらにしなければならないのかを算出します。
この数字が固まらない限りは、具体的な政策を考えることができないからです。
売上とコスト、利益の算出の基本となる公式は下の通りです。
売上-(変動費+固定費)=利益
まずは、売上の予想数値を求めます。
単価1,000円の商品が30%の値下げですから700円になります。
数量は20%増加ですので、36,000個です。
つまり、予想売上高は、700円×36,000個=2,520万円となります。
ですので、変動費xを求めるための算式は次のようになります。
2,520万円-(x×36,000+900万円)=300万円
これを計算すると、商品一個当たりの変動費は367円になります。
今まで一個当たり600円で作っていた商品を367円で作らなくてはならないわけですから、これはかなり厳しいものになると予想されます。
ここで、ソニーや松下といった大手電機メーカーが、変動費の削減に成功した事例を紹介します。
技術革新の大波を受け、電機メーカーが扱う家電や情報機器の販売価格は下がる一方です。
DVDレコーダーなどは、発売から2年たらずで半額になってしまいました。
こうした販売価格の下落は、技術革新によるものだけではありません。
前のセクションで説明した低価格戦略を、すべての電機メーカーが採ってきたためです。
低価格戦略成功の条件の一つに、「大幅な販売数量の増加」があります。
しかし、競合他社も同様の戦略を打ち出したため、思うように販売量は増加しませんでした。
販売量が増加しないのであれば、変動費や固定費の削減により、利益を確保するしかありません。
変動費を下げるのであれば、変動費のなかで最も大きな金額のコストから削減するのが定石です。
それは、「調達コスト」です。
ところが、この調達コストを下げようにも難しい事態が生じていたのです。
すべての電機メーカーが、いっせいに販売数量に重点を置いた低価格戦略を採ったため、部品や素材の調達コストが、品薄感によって上昇してしまったのです。
売るほうは値下がり、買うほうは値上がり。
これでは利益など出るはずがありません。
そこで彼らは、部品や素材の調達コストを下げるため、ある方法を使いました。
それが、「集中仕入」という手法です。
これは、今まで数多くの小さな部品メーカーから仕入れていたものを、大口の部品メーカーから一括して仕入れるという方法です。
これにより仕入単価を引き下げるのです。
電機メーカー各社は、3年かけて、従来の仕入先を約5分の1に削減しました。
これにより調達コストを20%以上引き下げることに成功したのです。
自動車メーカーでも、変動費削減のため、これと似た手法が採られています。
それは、「部品の共用」です。
あなたは、ホンダのオデッセイとアコードが、同じエンジンを使っていることをご存知ですか。
こうした部品の共有化は、電機メーカーと同様に、大量仕入によって調達コストを削減するという効果があります。
また、それだけではなく、組み立てなどの作業プロセスを簡潔にできるというメリットや、故障・修理に対応しやすいという利点もあります。
● 限界利益「額」を高める重要性
こうした「集中仕入」や「部品の共有」により、商品一個当たりの変動費を削減し、限界利益率をアップさせます。
限界利益率がアップすれば、自動的に利益率も向上することになります。
しかし、ここに、陥りやすい落とし穴が一つあります。
それは、限界利益の「額」です。
いくら限界利益率がアップしても、そのために事業が縮小してしまってはまったく意味がありません。
商品や仕入先を減らして利益率を上げたとしても、それは、本当の意味で「儲けを増やした」とは言えないのです。
利益率を上げるだけで終わらせず、そこからさらに一歩進んで利益の「額」を増やせるかどうかが大きなポイントになります。
別のセクションでお話しましたが、会社が利益を上げる手段は、大きく分けて3つあります。
・変動費の削減(限界利益率の向上)
・固定費の削減
・売上の拡大
先の事例で説明した「集中仕入」は、「たくさん仕入れることにより、安く仕入れる」という手法です。
ここでのテーマは変動費の削減ですので、どうしても「安く仕入れる」という部分に注目しがちですが、実は、前半部分の「たくさん仕入れる」ことにより、ビジネスの規模を拡大することが非常に大切なのです。
売上が拡大すれば、おのずと限界利益「額」も拡大します。
もちろん、限界利益「率」を高めることは大前提ですが、率だけでなく額も高めなくてはなりません。
なぜ、限界利益の「率」ではなく「額」なのか?
それは、限界利益の「額」から、従業員の給料が支払われるからです。
いくら限界利益率を高めても、「率」から社員の人件費を賄うことはできないのです。
先ほどの変動損益計算書を見てもらえば分かるように、固定費は限界利益の中から支払われます。
固定費の中で最も大きなウェイトを占めるのは人件費です。
限界利益の額が少ないのに営業利益を捻出しようとしたら、固定費を削減するしかありません。
つまり、人を切るしかなくなってくるのです。
前に説明したように、コストの中には、原材料費や人件費、広告宣伝費といったさまざまなコストがあります。
どのコストであれ、削減すればそれだけの増益効果があります。
しかし、同じコストであっても、その質は大きく違います。
やはり、経営者であれば、人件費の削減というものは、一番最後に手をつける領域だと私は思います。
確かに、固定費の中で最も大きなウェイトを占める人件費は、削減すればそれなりの大きな効果があります。
倒産寸前であれば、泣く泣く社員にやめてもらうこともあります。
私はこれまでの再生業務で、中小企業の社長さんが断腸の思いで社員のクビを切る場面を数多く見てきました。
それは想像できないくらい悲しいものです。
私がいつも口をすっぱくして、「出来るだけ従業員を増やすな」というのは、事前にリスクヘッジをしておけという意味でもあるのです。
経営者であるなら、社員に悲しい思いをさせてはいけません。
人件費の削減を後回しにするなら、その他の手段で利益を稼ぎ出す必要があるのです。
だからこそ、限界利益額を上げることが大切なのです。
変動費を下げ、限界利益率を高めると共に、売上を拡大することにより、限界利益額を増大させる。
これが経営者の使命といえます。
どの商品・サービス・事業に特化すべきか
● 集中と選択の重要性
どんな業種であれ、利益体質改善のためには必ずやらなくてはならない作業があります。
それは、「事業の集中」です。
特にこれは、経営資源の少ない起業家にとって必須項目といえます。
規模の小さいうちから、色々なことに手を出したとしても良い結果は生まれません。
自分の得意分野に焦点を絞り込み、余計なことに手を出さないで得意分野に集中することが大切です。
そうは言っても、事業を始めてしばらくすると、いくつかの商品やサービスを手がけるようになります。
単体の商品・サービスであればリスクヘッジできませんし、どの商品・サービスが効率良く儲かるのかも分かりませんので、むしろ当然のことといえます。
しかし、そのままダラダラと流れにまかせて事業をしていたのでは、いつまでたっても会社の儲けは大きくなりません。
いつか必ず、「事業の集中」が必要な時が訪れます。
その時に必要となるのが、「事業の選択」です。
事業を集中させるためには、まずその選択が必要になります。
どの商品・サービス、どの事業を選択すべきなのかという選び方を知らなくてはなりません。
ここで選択を誤ってしまうと、どんなに頑張ったとしても、会社の儲けは増えませんし、最悪の場合は倒産に至ります。
マーケティングの本を読めば、必ずといって良いほど、「事業の集中」の重要性が書かれています。
しかし、その「選択方法」について具体的に説明している本は、あまり見当たりません。
どれも、「市場性を加味して」だとか、「自分の最も得意とする分野に集中せよ」というだけで、どうしてもあいまいな雰囲気は拭えません。
もちろんそうした判断もアリだとは思うのですが、やはり商品・サービスを数値化することにより、納得のいく形で選択したいものです。
ですので、ここでは、会計データを使って、どのように選択すべきかをお教えしたいと思います。
● 誤った判断をしないための実践的選択法とは
データで商品や事業を選択する場合、そのデータの正しい見極め方を知らないと、「集中」と「選択」は最初から間違ってしまうことになります。
そこで、実際の数字を使い、データの見極め方と、その選択方法を解説してみます。
これは、とても重要な手法ですので、必ず身に付けておくようにして下さい。
会社の規模が大きくなればなるほど、こうした数字による判断が必要不可欠になってきます。
今のうちからマスターしておくことを強くお勧めします。
おそらく、あなたは、「製品A」を選択されたのではないでしょうか?
製品Aを選択された理由はよく分かります。
唯一、この製品だけ、営業利益が黒字だからです。
赤字の製品をいくら増産したからといって、赤字幅が拡大するだけで、利益は上がらないと考えたからではないでしょうか。
結論から言いますと、正解は「製品C」です。
製品Cを増産した場合が、最も会社の利益が上がります。
確かに、製品BもCも営業利益は赤字になっています。
しかし、それは、「これまではそうだった」という過去の結果にしか過ぎません。
大切なのは、未来を予測することです。
では、どうやって未来を予測すれば良いのでしょうか?
このセクションの最初で、私は、本来の決算書は「将来の儲けはどうなるのか」という大事なことは教えてくれないと述べたはずです。
なぜなら、本来の決算書は、売上とコストの関連性が明確でないからです。
「増産」という意思決定では、売上とコストの関連性が分かる資料が必要になります。
増産により、どのコストがどれだけ増えるのか、変わらないコストは何なのか。
これが分からなければ、判断を誤ることになります。
そこで、変動損益計算書の登場です。
これら3つの製品を変動損益計算書に作り直したのが下の表です。
■製品別変動損益計算書(単位:万円)
製品Aは、3,000万円の売上に対して1,200万円の限界利益をあげています。
ですので、限界利益率は40%になります。(1,200÷3,000)
この限界利益率は、増産を行った場合でも変わりません。
増産に伴い、同じ割合だけ変動費も増加しますので、限界利益率は同じというわけです。
次は製品Bです。
これについては、変動費が売上を上回っており、限界利益が赤字になっています。
つまり、増産しても赤字が拡大するだけだということです。
変動費を下げる改革を行わない限りは、製造中止にしたほうが良い製品です。
そして最後は製品Cです。
この製品は、変動費が売上の半分であり、限界利益率は50%あります。
これでお分かり頂けたと思います。
限界利益が赤字の製品Bは論外として、製品AとCではCの方が会社にとって有利になります。
なぜなら、製品Cの方が限界利益率が高いからです。
「本当なのか?」とまだ納得できないという人のために、参考までに、製品AとCをそれぞれ400個増産した場合の、利益の変化を数字で表してみます。
■製品別変動損益計算書
これを見ると、製品Aは160万円利益が増加していますが、製品Cは200万円増加していることが分かります。
会社全体の利益で考えれば、製品Cの方が全体の利益に貢献しているのです。
もちろん、これはシミュレーションにしか過ぎません。
実際の現場では、それぞれの製品の売れ行きも違うでしょうし、ラインによっては固定費の増加もあると思います。
しかし、そうした要素は、まず数字を予測した上で加味する部分です。
計算上の利益増加分を確保することが実際には難しいということになれば、その時の状況に応じて選択すれば良いだけのことです。
また、製品Cを増産することのメリットは、利益だけではありません。
これは運転資金、すなわち資金繰りにも影響してきます。
製品Aでは、増産に際して240万円の運転資金が必要になります。
(変動費単価6,000円×400個分)
それに対し、製品Cでは、200万円で済みます。
(変動費単価5,000円×400個分)
今回のケースでは、さほどの増産ではありませんので、その違いは大したことないかもしれませんが、これが数千個ということになればそうはいきません。
たちまち、資金調達の必要性が出てきます。
まずは、数字でシミュレーションしてみることです。
具体的な数字で予測しない限りは、未来を知ることはできません。
そしてそこで注意すべきことは、決算書のデータをそのまま使わないということです。
決算書だけから判断すると、思わぬミスを犯してしまいます。
増産や減産といった将来の計画を実施する上では、コストと利益の関連性の分かる資料を自らの手で作り上げることが必要不可欠なのです。
最小限のリスクで出来る3つの収益改善策
前のセクションで、限界利益は「率」だけでなく、「額」で考えなくてはならないと述べました。
そのためには、売上の拡大が必要となります。
売上を増加させる方法はさまざまですが、その中でも比較的簡単にできる方法を3つ紹介します。
起業家の場合は、潤沢な資金を元手にスタートするケースは稀だといえます。
人を増やして営業すれば、それなりの成果はあるかもしれませんが、それではリスクが高過ぎますし、それを実施するお金もありません。
出来るだけコストは現状のままで、売上だけを上げる方法を採らなくてはなりません。
しかし、どこをどう変えれば良いのか、そして変えるためには何をすれば良いのかが分からないという起業家が多いのも事実です。
ここで紹介する方法は、どれも基本的なことです。
しかし、基本的なだけに、その応用範囲も広いと言えます。
どうか、この3つの経営改革のエッセンスをつかみ、自らの業種・業態に落とし込むことによって、独自の経営形態を創出していただけたらと思います。
● 人を減らすのではなく、プロセスを減らす
会社に効率的に利益を残すためには、労働生産性を高める必要があります。
しかし、だからといって、社員のクビを切るのも考えものです。
例えば、あなたが飲食店を経営しているとします。
10人でやっていた作業を3人カットして7人で行うとします。
よくあるケースは、忙しい時間帯になると店内がてんやわんやの大騒ぎとなり、お客さんにサービスが行き届かず、それが原因でお客さんの足が遠のいてしまうという状況です。
これでは、労働生産性を高めるどころか、売上が減少して経営自体が成り立たなくなってしまいます。
そこで、ここに「アウトソーシング」の考え方を取り入れます。
つまり、固定費を変動費化してしまうのです。
例えば、食材をあらかじめキザんで納品してもらうとか、下ごしらえが必要な調理加工を外部にやってもらうのです。
あるいは、調理や皿洗いなどを外部にまかせて、自分のところは接客に集中するようにします。
つまり、人を減らすのではなく、自社で行うプロセスを減らすことによって、その余った人員を得意な分野に集中させるのです。
製造業であるなら、自社の得意とする分野だけに特化し、それ以外のものは他社から仕入れるようにします。
人であれ商品であれ、「少数精鋭」は、小さな会社が成功する第一条件といえます。
常に「コスト」を念頭においた経営を考えることが、あなたの会社を危機から救うリスクヘッジとなるのです。
● 自社の商品が利用できる別の販路を開拓する
なぜか売上拡大というと、顧客の数を増やすことを一番に考える経営者が多いものです。
特に、起業家にその傾向があります。
最近の流行なのでしょうが、新規顧客の獲得のノウハウばかりに目がいって、別の角度から物事を捉えることができません。
一般に、新規顧客獲得のコストは、既存客の6倍といわれています。
費用対効果で考えると、決して割りの良い戦略とは言えないのです。
また、新しい業界に向けて、新しい商品を開発するのも、リスクが高すぎるといえます。
かといって、それまで結びつきの強い業界の顧客だけをターゲットにしていたのでは、いつかは頭打ちになってしまいます。
そこで、自社の商品・サービスを別の業界に売ることを考えるのです。
例えば、あなたの中華料理店でエビのチリソースがうまいという評判があるのなら、その商品を弁当屋や惣菜店に卸すのです。
また、居酒屋や外食チェーンに販路を広げても良いでしょうし、食品をパックにしてスーパーなどの卸問屋に扱ってもらうのも良いと思います。
エンドの顧客にしてみれば、本格中華の味を家庭で手軽に食べられるわけですから喜ばれるはずです。
経営者であるなら、このように売り先をシフトすることを真剣に考えなくてはなりません。
儲かっていない会社に限って、同じ取引先や同じ業界ばかりに、自分の商品を売り込もうとしますが、それでは良い結果は生まれません。
顧客の増加を考える場合には、同系統の顧客を増やすのではなく、異系統の顧客を増やすことを考えるべきです。
経営者にその感性があるかどうかは、会社の将来にとって非常に重要なことだといえます。
● 既存客に派生商品・サービスを売る
先ほど、既存客にかかるコストは、新規顧客獲得コストの6分の1で済むという話をしましたが、もしそうであるなら、既存客をそのままにしておくことほどもったいないことはありません。
しかし、そうはいっても、毎回同じ商品ばかりを売っていたのでは、単なる押し売りになってしまいます。
そこで、既存客に対し、同じ商品ではなく、違う商品を売ることを考えるのです。
例えば、食材を定食屋に販売しているのであれば、定食屋のメニューを自分の会社で作ってあげれば良いのです。
定食屋にしてみれば、お客さんを増やし、その上、利益も確保しなければなりません。
こちらでコストやカロリー計算をした何種類かのメニューを考え、それを食材と共に提供するのです。
定食屋にしてみれば、メニュー作りをあなたの会社にアウトソーシングすることになり、それで利益が上がるなら他の負担を軽減できることになります。
これまで紹介した3つの方法は、コストも手間もそれほどかけることなく、売上を拡大し、利益を増大できる手法です。
また、失敗したとしても、それほどのダメージは被らないはずです。
要は、思いつくかつかないかです。
収益体質を改善するというと、とてつもなく大がかりな改革をしなければならないと考えがちですが、決してそんなことはありません。
経営の基本を一つ一つマスターし、それを応用できるだけの感性があればそれで良いのです。
ちまたにある誇大広告に踊らされることなく、基本と感性を磨くことに精進していただけたらと思います。